命を養う食の入り口、大切な「口」をフレイルから守ろう
『日経ヘルス』『日経ヘルスプルミエ』の元編集長で、現在も食品関係を中心に多方面で活躍される、健康医療ジャーナリストの西沢邦浩さんを迎え、「食と健康」についてデータに基づいた情報を発信します。12月のテーマは「歯と口腔」について。
2024年12月
健康医療ジャーナリスト 西沢 邦浩
歯と歯ぐき、噛む力、飲み込む力の維持が、健康長寿のかなめ
さきごろ、人生100年時代のお口の未来を考える『オーラル未来会議』(ライオン歯科衛生研究所主催)というセミナーにファシリテーターとして参加しました。
老化制御医学、フレイル、脳科学など多様なジャンルの専門家が集まって白熱した議論が行われましたが、長い人生を健康に生きていくためにいかにお口の健康が大切か改めて身に染みました。
そこで今回は、歯と口腔をテーマにしてみます。
今年、このコラムでは健康診断でリスクが判定される指標とその対策を取り上げてきましたが、通常の健康診断で調べないのが歯と口の中の健康状態だからというのも理由の一つ。
多くの研究が、歯と歯ぐきを守ること、噛む力を衰えさせないこと、そして飲み込む力(嚥下力)を維持することが、健康の基本だということを明らかにしているのです。
そもそも私たちは、この世に生まれてまず口から「おぎゃー」と発声をし、口で母乳を探してヒトとして生き始めます。口から人生が始めるのです。
そして、口で食事を味わっておいしいと感じ、口から発する言葉で人に話しかけたり笑い声をあげ、豊かで楽しい生を紡いでいきます。
やがて、口による食行動やコミュニケーションが困難になり、私たちはこの世を去ります。
人生は口に始まって口に終わると言っても過言ではありません。
21年の5月に「よく噛むことは全身の健康につながる」(https://www.fresta.co.jp/healthyproject/5795)というコラムを書きましたが、改めて、口の健康の大切さとそれを守るのに役立つケアや食品について考えて行きましょう。
皆さんは、「オーラルフレイル(口腔フレイル)」という言葉を耳にしたことがありますか?
口の機能低下や食べる機能の障害のことですが、この状態になると、要介護リスクばかりか死亡リスクまで高まることが日本人の研究でわかっています(下表。The Jounals of Gerontology series A . で2018年12月12日に公開)。
日本老年歯科医学会ほか3学会は、2024年4月に、下記の項目のうち2つに当てはまる場合「オーラルフレイル」に該当すると発表しました。
1.自分の歯が20本未満(さし歯や金属をかぶせた歯は,自分の歯として数える。インプラントは,自分の歯として数えない)
2.半年前に比べて固いものが噛みにくくなった
3.お茶や汁物でむせることがある
4.口の渇きが気になる
5. 普段の会話で,言葉をはっきりと発音できないことがある
島根県で75歳以上の人たちを対象に行われた調査では、以下に挙げる13項目のどれに該当しても死亡リスクが高まる可能性があるという結果が出ています。
残存歯数が少ない、(自分で判断する)咀嚼能力が低い、(客観的に判定した)咀嚼能力が低い、歯周組織の状態がよくない、嚥下障害、舌の動きが悪い、発音が悪い、口腔衛生レベルが低い、虫歯の数が多い、上顎および下顎の義歯が不適合、口腔粘膜に疾患あり、口腔が乾燥しているの13項目です。
ことに咀嚼能力低下の影響は大きかったとのこと(The Lancet Healthy Longevity誌の2024年11月号に掲載)。
ここに挙げた「よくない口腔環境」のどれかに思い当たるという方は、意外に多いのではないでしょうか。思い当たる方も当たらない方も、今日からお口の健康維持を意識した生活を始めましょう。
対策の基本は二つ。
一つは、毎日の丁寧な歯磨き(歯間ブラシかフロスも使って歯間もケア)。
令和4年歯科疾患実態調査(厚生労働省)によると、1日2回以上歯を磨く人が令和4年で 79.2%に達しているので、ここは大丈夫という方が多いかもしれません。
12月に入るとインフルエンザが猛威を振るい始めます。お口の清潔さを保つことはインフルエンザ予防にもなりますので、いつも以上にしっかりやるのがお勧めです。
ご自分で口腔ケアができない要介護の高齢者に、歯科衛生士が口腔ケアを週1回実施しただけで、インフルエンザ発症リスクが10分の1になったという日本の研究もあるほど。きちんと口の中を衛生的にすると免疫細胞が活性化されることも確認されています(Archives of Gerontology and Geriatrics誌の2006年9・10月合併号に掲載の論文ほか)。
もう一つは、かかりつけの歯科を持ち、定期的なチェックとクリーニングを行うこと。
こちらは大いに問題です。
ライオンが2022年に行った「歯科医院で受ける歯科健診」調査では、1年に1回以上定期的に歯科健診を受けている人は44%、3カ月に1回以上のペースで受けている人は半分の22%しかいませんでした。
私は、20年ほど前から、約3カ月おきにかかりつけの歯科医に通っていますが、口の調子が悪くなることがほとんどなくなりました。かつてダメにした歯は再補修の必要が生じることはありますが、歯周病検査の数値はここ10年以上ほとんど変わっていません。
是非、定期的なケアに通うことを習慣に。
これは基本的に食と健康に関わるコラムですので、食による口腔のケアにも触れましょう。
厚労省・農水省が奨める「食事バランスガイド」(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/pdf/eiyou-syokuji9.pdf)は、バランスのいい食事の見本です。
これに近い食生活をしている日本人の高齢者ほど、OHRQoL(口腔保健関連QOL)という指標で評価した口腔の健康状態がいいという結果が出ています。さらに、緑茶、果物や野菜の消費量が多いほどOHRQoLがよくなるとのこと(British Journal of Nutrition誌で2021年8月27日に公開)。
バランスがいい食事を意識することは心身だけでなく、口の健康の基本にもなるということですね。
次は、重要な口腔の機能ごとにリスクと対策を見ていきましょう。
「歯と歯ぐき」を守って、なるべく多く自分の歯を残す
まずは、歯そのものと歯ぐきの健康について。
多くの方は「8020運動」をご存じかと思います。
厚生労働省と日本歯科医師会が推進してきた運動で、「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」というもの。20本あれば、きちんと食べ物を咀嚼することができるというのが背景になっています。
咀嚼力だけでなく、65歳以上の日本人4万5000人近くを調べた研究で、20本以上の歯を持つ人と比べて歯の本数が少ない人では認知症リスクが増加するという結果も出ています。そして、歯の本数が少なくなればなるほど死亡リスクも高くなっていたのです(JAMDA誌の2024年11月号に掲載)。
比較的若いうちの抜歯原因として虫歯も問題ですが、大人の歯が抜ける最大の原因は歯周病。歯ぐきや歯を支える顎の骨まで徐々に溶かされていく病気です。
「第2回永久歯の抜歯原因調査」(2018年、8020推進財団)によると、歯が抜ける原因の約4割が歯周病によるものでした。
歯周病は全身にダメージを与える病気です。
歯周病と2型糖尿病が密接な関係にあることは広く知られてきましたが、口の中に歯周病菌が多いほど認知機能が低下する傾向があること(Journal fo Neurology, Neurosurgery Psychiatry誌の2009年11月号に掲載)や、妊娠率が下がること(Human Reproduction氏の 2012年 5月号に掲載)、男性のEDリスクが3倍にもなること(Journal of Sexual MedicineJ誌の 2012年12月号に掲載)はじめ、多くの疾患との関連性が指摘されています。
歯周病は歯が抜ける原因になるだけでなく、多くの疾患を呼び込む病気なのです。それは、歯周病菌とそれが作る毒素が全身を回り、随所で炎症を引き起こすから。
しかも、日本人の中高年のほぼ2人に1人が歯周病持ち。深さ4mm以上の歯周ポケットがある人(歯周病の人)は、加齢ともに増加し、45~54歳で43.7 %、55~64歳では47.5 %、65歳以上になると56.2 %にまで高まります(令和4年歯科疾患実態調査より)。
だれでもリスクがありますので、定期的にチェックをして、歯周病と診断されたらきちんと治療することが肝要です。
歯の本数が少ないほどが死亡リスクが高まると記しましたが、群馬県で行われた研究で、治療をして抜けた歯を補い、歯の本数が正常な状態にすれば死亡リスクが減ることもわかっているのです(Geriatrics & Gerontology International誌で2020年3月29日に公開)。
では、歯を虫歯や歯周病から守る食事や食品成分にはどんなものがあるのでしょうか。
1)砂糖を控えめに
過去50年の間に行われた研究を分析して、砂糖摂取を減らすことが虫歯と歯周病両方のリスクを下げることが確かめられました。4 週間、精製糖を使わないようにしただけで歯周病スコアが改善したという報告もあるそう(Journal of Oral Microbiology誌で2020年1月7日に公開)。
2)ヨーグルトなどの発酵食品や乳酸菌をとる
福岡県で40歳から79歳までの900人以上を対象に調査を行ったところ、1日あたり55g以上の乳酸菌入り食品を摂取している人たちでは、食べていない人たちに比べて有意に歯周病リスクが低下していました(下図)。
いくつかの乳酸菌では、これが口腔内の悪玉細菌によるタンパク質の分解を抑制し、口臭の原因になる揮発性硫黄化合物の生成を止めて、口をさわやかにする力があることも確認されています(BMJ Open誌で 2022年12月20日に公開)。
3)緑茶(抹茶)を飲む、うがいをする
日本人男性940人を対象に、歯周病の症状と喫煙、飲酒、歯磨き習慣、緑茶の摂取頻度を調ベたところ、歯周病の症状と緑茶を飲む頻度に相関関係がありました。緑茶に含まれるカテキンによって歯周病の毒素産生が抑制される可能性があるようです。
歯周病患者45人が抹茶抽出物から作ったうがい薬で1日2回口をすすいだところ歯周病菌の数が有意に減ったという研究もあります(Jounal of Periodontologyで2009年3月1日に公開された論文ほか)。
緑茶を日常的に飲み、口をすすぐのは手軽なケアとして使えますね。
緑茶のカテキン(エピガロカテキンガレート)が1日分で18mgとれるタブレットが、「口内環境を良好に保つ(歯垢の生成を抑える)」という機能性表示食品にもなっています。
4)ビタミンCなどの抗酸化物質とビタミンDを意識してとる
“歯周炎”というように、歯周病は病巣となった歯肉で炎症が続きます。そのため、緑茶のカテキンのようなポリフェノール類やビタミンCなどの抗炎症作用を持つ成分もしっかりとりたいところ。1万人以上の米国人を調べた調査でも、血中のビタミンC濃度が高い人ほど、歯周病リスクが低いという結果が出ています(Journal of Nutrition誌の2007年3月号に掲載)。
ビタミンCが多い食品としても緑茶は優秀です。ほかに、ピーマン類やブロッコリー、レモン、キウイ、イチゴなどからビタミンCをとることが歯ぐきを守ることにまでつながるというのは、お得感がありますね。
もう一つ、注目してほしい成分がビタミンD。
当コラムでは何度も取り上げているので、皆さんにはおなじみのビタミンですね。ビタミンDは免疫維持や丈夫な骨を作るために必要なだけでなく、歯周の健康に役立つという報告がいくつもあります。
アイルランドで行われた研究では、ビタミンDの血中濃度が低い人の歯周病リスクは、高い人に比べて1.57倍高かったそうです。
妊娠中に魚に多く含まれるビタミンD3を多くとっていた妊婦さんの子供は、6歳になった時点で歯を守るエナメル質がしっかり形成されていたというデータも!(British Journal of Nutrition誌で2022年4月13日に公開された論文ほか)。
ビタミンDたっぷりのお魚が食卓に乗る頻度を増やしましょう。
「噛む力」と「飲み込む力」は生きる力!
しっかりものを“咀嚼”して“飲み込む”ことは、食べたもので新陳代謝を行い、動くエネルギーを得ているヒトにとって、生きる力そのものといえます。 一緒に、それぞれの機能をチェックしていきましょう。
1)噛む力を守る
先に触れた歯と健康な歯ぐきは口の健康の基本ですが、それを使ってしっかり噛むことをおろそかにすると、食事からしっかり栄養をとることができません。
咀嚼力が低下することは、低栄養状態を招きます。特に高齢者の低栄養はフレイルの直接的な原因になるので要注意。
しっかり噛むことの意味や、噛む力の低下はすべての原因による死亡リスクの高さと相関しているという日本人のデータなどについて、21年の5月のコラムに書きましたので、再読していただければ幸いです(https://www.fresta.co.jp/healthyproject/5795)。
噛む力を維持するためのポイントはなんでしょうか?
大阪歯科大学医療保健学部教授で、口腔リハビリテーションの専門家である糸田昌隆先生は、 “噛む食感を楽しみながら栄養がしっかり取れるランチ”をみんなで一緒に食べるプログラムを開発し、高齢者に参加してもらいました。すると、最初参加者の56%に口腔機能の低下が見られたのに、プログラム終了時には26%にまで減ったそうです(Journal of Oral Rehabilitation誌で2020年10月31日に公開)。
糸田先生は、「噛む力が弱くなってきてもあきらめないで、ちょっと無理をしても、噛むことが必要な食事を食べることが大切なんです」といいます。
噛む力がまだ十分あるうちは、なるべく噛み応えのあるメニューを選び、よく噛んで食べること。パワーダウンしてきても、すぐにあきらめて柔らかい食品に飛びつかず、出来る限り噛むことが必要な食事を続けるのが、オーラルフレイル予防のカギということですね。
歯ごたえや食感を楽しめるメニューのヒントは下記の「カムカム健康プログラム」のサイトをご覧ください。
今年の『日経トレンディ』ヒット商品ベストヒット30(2024年12月号)に、ハードグミを販売している味覚糖が「今までで一番硬い」というグミ『忍者めし 鉄の鎧』が入選しました。店頭に出すたびに1週間ほどで品薄になる人気商品とのこと。
噛みごたえを売りにした食品が人気を博す、というトレンドが大きな流れになっていくことを願います。
21年5月のコラムでは、噛みごたえがある食品のランキングで上位の食品も紹介しましたのでご覧ください。
2)飲み込む力を守る
今、日本人の死因の中で「誤嚥性肺炎」は6番目に位置しています(厚生労働省「令和5年 人口動態統計月報年計の概況」)。
他国に比べて、日本は特に誤嚥性肺炎数が多い国。日本では、病院外で起きた肺炎で入院した患者の60%以上が誤嚥性肺炎なのに対し、米国でこの割合は16.5%。多国籍データを見るとたった8.7%でした(Respiratory Investigation誌で2023年12月18日に公開)。
世界と比較して大きな差があるのです。
どうして日本人でこんなにも、誤嚥性肺炎、つまり飲み込む力が衰えることによる肺炎が多いのでしょうか。この理由として、日本では食べる力がなくなっても延命できる治療が充実しているからという見解以外に、そもそも日本人は、白人、黒人と比べて筋肉量が少ないことが原因の一つではと指摘する専門家もいます。
運動習慣がないと、加齢とともに筋肉量も筋力も減っていきます。噛んだり、飲み込んだりする力を担っている筋肉も骨格筋。全身の筋肉の衰えと比例して衰えていくのです。
運動習慣はお口の健康にもつながっています。筋肉量があまり多くないという人は、今日から筋肉を維持する運動を始めましょう。
一度、自分の飲み込む力をチェックする「反復唾液嚥下テスト(RSST)」をしてみるのもお勧め。下記がやりかたです、
●人差し指を舌骨(顎の下のでっぱり)、中指をのど仏に当てる
●そのまま、30秒間にできるだけ多くつばを飲み込む動作をする
●30秒間に何回唾を飲み込むことができるか数える
のど仏が指を乗り越えた場合のみ、「1回」とカウント。30秒間でこの回数が3回未満だったら誤嚥を起こすリスクがあると判定されます。
専門家向けではありますが、日本誤嚥性肺炎予防協会がこのテストついての説明ページを設けていますので、関心のある方は覗いてみてください(https://j-appa.or.jp/?page_id=2216)。
ご自分の嚥下力が心配になった方は、嚥下力低下を防ぐトレーニングを始めましょう。各種方法がありますが、たとえば長寿科学振興財団の「嚥下障害のリハビリテーション(基礎訓練)」のページ(https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/rehabilitation/enge-kiso.html)などが参考になります。
お口は、食を介した「命の入り口」であり、コミュニケーションの幹線道路に向かう「文化の出口」。
幸せな人生の砦を、日々のケアで守りましょう。
西沢邦浩
日経BP 総合研究所メディカル・ヘルスラボ客員研究員、サルタ・プレス代表取締役
小学館を経て、91年日経BP社入社。開発部次長として新媒体などの事業開発に携わった後、98年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。05年1月より同誌編集長。08年3月に「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、10年まで同誌編集長を務める。18年3月まで、同社マーケティング戦略研究所主席研究員。同志社大学生命医科学部委嘱講師。
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