2人に1人がかかるかもしれない“がん” そのリスクを下げる食生活とは?
『日経ヘルス』『日経ヘルスプルミエ』の元編集長で、現在も食品関係を中心に多方面で活躍される、健康医療ジャーナリストの西沢邦浩さんを迎え、「食と健康」についてデータに基づいた情報を発信します。8月のテーマは「がんのリスクを下げる食生活」について。
2024年8月
健康医療ジャーナリスト 西沢 邦浩
男性に多い前立腺がん、女性では乳がん、どちらも注意すべき大腸がん
日本人の長寿化もあり、男性の65.5%、女性の51.2%が一生のうちにがんと診断される可能性があるとされています(国立がん研究センターによる)。
いわば、がんはだれがかかっても不思議ではない病気。
体にストレスがかかる生活習慣や環境因子の影響で遺伝子に消えない傷ができ、それが元で生まれるのががん細胞ですが、通常、健康な人でも毎日作られて、免疫細胞がやっつけています。
しかし歳を重ねていくと、やがてがん細胞の発生数が増えたり、また加齢の影響で免疫力が低下することなどによって、「がん」という塊になっていくので、人生が長くなれば発症リスクも高くなるのは避けられません。
日本人で罹患数が多いがんを見てみましょう(国立がん研究センターによる2023年の予測数字)。
●男性
1位 前立腺がん 98,600人
2位 大腸がん 90,700人
3位 胃がん 89,100人
4位 肺がん 88,200人
5位 肝臓がん 26,600人
●女性
1位 乳がん 97,300人
2位 大腸がん 70,400人
3位 肺がん 43,800人
4位 胃がん 40,800人
5位 子宮がん 29,100人
名前を太字にした5つのがんは国が検診を推奨しているがんです。女性で罹患者が多い上位5位までのがんはすべて入ります(子宮がんは、子宮頸がんが対象)。これら5つのがん、胃がん、子宮頸がん、肺がん、乳がん、大腸がんの検診は、公的な予防対策として行われているわけですが、それは検診によって死亡リスクが下がるというデータがあるから。
これらのがんは、しかるべきタイミングで検診を受ければ、早期発見できる可能性があります。忙しいとか、ちょっと怖いといった理由で機会を逸しないようにしたいものです。
喫煙と飲酒は2大リスク
あえて私が強調するまでもないことですが、がんを予防するためにできるのは、自分の心がけ次第でリスクのオッズ比が下げられる因子を知り、それを取り入れたライフスタイルに近づけること。
どんな生活や環境因子ががんのリスクを高め、また下げるのか。
国立がん研究センターが、これまでに行われた日本人を対象にした研究などをベースにまとめています。
「科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」(https://epi.ncc.go.jp/cgi-bin/cms/public/index.cgi/nccepi/can_prev/outcome/index)というもの。喫煙や飲酒、運動から食事因子まで、がんの種類別に「がんのリスク・予防要因 評価一覧」という表になっていますので、詳しく知りたい方は是非一度ご覧ください。
全体では、男性のがんの要因の上位3つが「喫煙」(23.6%)、「感染」(18.1%)、「飲酒」(8.3%)、女性の場合は、「感染」(14.7%)、「喫煙」(4.0%)、「飲酒」(3.5%)となっています。
(出典:国立がん研究センターがん情報サービス https://ganjoho.jp/public/pre_scr/cause_prevention/evidence_based.html#anchor3)
「感染」は大きな原因ですが、これは例えば、一度、肝臓がんの原因になる肝炎ウイルス(B型・C型)、胃がんのヘリコバクター・ピロリ菌などの感染検査を受けてみるといったことで対策を講じることができます。
そして、感染を除く2大リスク因子である「喫煙」と「飲酒」について。
まず「喫煙」はやめる以外に選択肢はないかと思います。本人だけでなく、周りの人も巻き込む受動喫煙による発がんリスクも明らかになっていますので。
「飲酒」に関しては、2023年に厚生労働省がガイドラインを発表しました。
1日当たりの「純アルコール量」が、男性は40g以上、女性は20g以上になると、生活習慣病リスクが高まる、というものです。
アルコール量が20g相当のお酒の目安は、ビールなら500ml缶、日本酒1合、ワインだとグラス1.5杯くらいでしょうか。
私のようなのんべえは、つい「それしか飲めないの?」とへこんでしまいますが、あえてお酒を飲まない「ソバ―キュリアス」がライフスタイルとしても定着しつつあるなか、今後は案外、「それだけ飲めれば十分でしょ」という人が増えていきそうです。
この二つに加えて、身体面で意識したいことが2点あります。
① 適切なBMIを保つこと
先に挙げた「がんのリスク・予防要因 評価一覧」では、男性のBMIが18.5未満、女性の場合はBMIが30以上あると、全体的ながんのリスクが高まる可能性があるとされています。そして、男女ともに、やせても太ってもがんのリスクは高まる傾向があるのです。
適正BMIの維持ががん予防に一役買うということですね。
② 適度な運動をすること
国は、「歩行またはそれと同等以上の強度の身体活動を1日60分行うこと」(18歳から64歳)を勧めていますが、「1日4~5分だけ全力でウォーキングをする」くらいでもがんのリスクが最大32%減るという研究もあります(JAMA Oncology誌で2023年7月27日に公開)。「週に計75分間中程度の運動」を行えばがんリスクが7%減という報告も(British Journal of Sports Medicine誌で2023年2月28日に公開)。
無理をする必要はありません。
時間を見つけて、少しでも運動をする習慣をつけることが大切です。
食生活では、「野菜・果物をしっかり食べる」「食塩を控える」から
では、がんリスクを下げる食生活上の注意点は何でしょうか。
「科学的根拠に根ざしたがん予防ガイドライン」(https://ganjoho.jp/public/pre_scr/cause_prevention/evidence_based.html#anchor3) は食事に関して下記の3つを挙げています。
<意識してとるべき食品>
① 野菜や果物
➡食道がんのリスクがほぼ確実に下がり、胃がん、肺がんのリスクが下がる可能性がある。
<とりすぎを避けるべき食品>
② 塩分や塩辛い食品
➡胃がんのリスクがほぼ確実に上がる。
③ 熱すぎる飲み物や食べ物
➡食道がんのリスクがほぼ確実に上がる。
とるべきものとして挙げているのは、野菜と果物ということになりますね。
米国の研究2件に世界の26件を加えた大規模な解析で、野菜と果物を合わせて1日5サービング(400g)とるのが、がんによる死亡リスクが10%低下して、最も効率的な量という結果が出ています(Circulation誌の2021年3月1日に公開)。
野菜ではほうれん草やレタス、ケールといった葉野菜、果物では柑橘類、ベリー類などをとるのがいいとのこと。
食事バランスガイド(農林水産省・厚生労働省)では、1日350g以上の野菜摂取と1日200g程度の果物摂取が推奨していますが、まずは、両方合わせて400g越えを目指しましょう。
ほかに、ガイドラインには入ってませんが、前述の「がんのリスク・予防要因 評価一覧」にほぼ確実と記されている食事因子には、コーヒーを飲むことによる肝臓がんリスクの低下、があります。
これら以外に、これまでのエビデンスなどから私が読者の皆さんに積極的にとることをお勧めしたい食品を4つを挙げたいと思います。
◆1 大豆
日本人にとって国民的食材といえる大豆は「科学的根拠に根ざしたがん予防ガイドライン」でも、乳がんと前立腺がんのリスクを下げる可能性がある、とされています。
世界中の多くの研究を集めて分析した結果、アジアで行われた研究では、肺がんの発症リスクが 23 %、消化器がんで7 %、胃がんで15%、大腸がんでは21 %、前立腺がんで26%低下していました(British Journal of Nutrition誌で2022年3月7日に公開)
大豆食品は広く、がんのリスク低下に役立ってくれる可能性がありそうです。
日本には味噌、納豆など発酵大豆食品も豊富ですが、これらを多くとると、高血圧、循環器疾患の発症リスクが下がるというデータもありますので、多様な種類の大豆食品を食べるようにしましょう。
◆2 魚
魚も私たち日本人の健康を支えてきたコア食材ですね。
前出の「がん予防ガイドライン」では、(魚を食べることで)子宮頸がんのリスクが低下する可能性あり、また魚由来の脂質が大腸がんのリスクを低下させる可能性ありとされています。
同じ魚でも小魚を丸ごと食べることで、日本人女性の各種がんによる死亡リスクが低下するという、約4万6000人を対象にした研究もあります。
シラス、シシャモ、ワカサギ、イワシといった小魚を、月に1~3回食べる人では28%、週に1~2回で29%、週に3回以上食べると36%、ほとんど食べない人に比べてがんの死亡リスクが低下していました。
一方、この研究には約3万5000人の男性も含まれていましたが、残念ながらこちらでは有意な効果は見られませんでした(Public Health Nutrition誌で2024年5月3日に公開)。
どうも小魚は女性と相性がいいようです。「スーパーで小魚を見つけたら女子のお守りと思え」という感じでしょうか。
魚食ががんリスク低下に働く理由としては、ビタミンDやDHA、EPAなどのオメガ3脂肪酸などが関与しているのではないかと考えられます。
ビタミンDでは、23年11月のコラム「冬の到来間近!魚とキノコで、健康維持に欠かせないビタミンDを補おう」(https://www.fresta.co.jp/healthyproject/20435)の中でも触れた「大腸がんによる死亡リスクが下がる」という研究や「血中濃度が高いほど乳がんの発症リスクが低い」(PLOS ONE誌で2018年6月15日に公開)など、多くの報告があります。
オメガ3脂肪酸では、日本人約9万人を対象にした研究で、魚からDHAを多くとっていてもEPAを多くとっていても約44%肝臓がん(肝細胞がん)のリスクが下がるという結果が出ています(Gastroenterology誌で2012年2月16日に公開)。
小魚を含め、脂ののった旬のお魚を食卓に!
◆3 キノコ
野菜とは別に日々のメニューに加えたいのがキノコです。 魚で触れたビタミンDはキノコでもとれます。ビタミンDの多いキノコはキクラゲ、マイタケなど。天日干しをすると増えるのが特徴です。
これから記す、キノコとがんに関する研究結果には、ビタミンDも関わっているかもしれませんが、そこまではまだ明らかになっていません。キノコなどの菌類が作る抗酸化物質エルゴチオネインに注目する研究者もいます。
まずご紹介したいのが、17の研究約2万人以上を分析したもの。
キノコの摂取量が多い人たちでは乳がんの発症リスクが35%低くなっていました。ほかのがんのリスクも総合して約20%低下していたのです。しかも、さらに分析すると、1日18g以上キノコを摂取すると、食べない場合よりもがん全体のリスクが45%も低下することがわかったと結論付けているのです(Advances in Nutrition誌で2021年9月に公開)。
キクラゲでもマイタケでも、ほんのひと口、ふた口でクリアしてしまうような量ですね!
日本人の中高年男性約3万6500人を長期間追跡した調査では、週3回以上キノコを食べる人は、週1回未満の人に比べて前立腺がんリスクが17%低かったそうです(Cancer Epidemiology誌の2021年9月号に掲載)。
スーパーでいろいろな種類のキノコが、手頃な価格で買える国に生きる幸せを、ともに喜びましょう。毎日、ちょこちょこキノコを。
●全粒穀物
以前このコラムでも触れたように、多様な食事関連の因子の中で「全粒穀物不足」は、健康寿命を縮める最も大きい原因だいうことが、世界の国民健康・栄養調査の分析から明らかになっています。
全粒穀物とは玄米、全粒小麦などですね。残念ながら、日本では全粒穀物食がほぼ失われた状態になってしまっています。
でも、すっかり人気が定着した“もち麦”でもOK。大麦は精麦して使うので全粒ではないのですが、粒の中までぎっしり食物繊維が入っている特殊な穀物。ほぼ全粒と同じように食物繊維や抗酸化物質がとれます。
ぜひとも、もち麦を混ぜたご飯を食べたり、全粒小麦のパンを食べる機会を増やしましょう。
では、全粒穀物のデータを見てみましょう。45もの研究を分析した結果、米国で推奨されている全粒穀物1日90gをとると、がん全体のリスクが15%下がるという数字が出ています(BMJ誌で2016年6月14日に掲載)。
90gはもち麦をご飯茶碗1杯分食べるくらいの量。3分の1もち麦を混ぜた白米ご飯を3杯食べればクリアできます。
680万人分のデータ分析から、全粒穀物摂取量を増やすことで大腸がんの発症リスクが13%減るという結果も出ています。また、食事に起因すると考えられるがんのケース約8万件を分析した米国の研究では、最も多いのは大腸がんで全体の38.3%に及んでいたそうです。そして、大腸がんのほとんどは、「全粒穀物の摂取量不足」と関連していたのです(Lancet誌2019年2月2日、JNCI Cancer Spectrum誌2019年5月22日)。
本稿の冒頭で記したように、大腸がんは男女ともに罹患数が2番目で、総数では1番多いがん。
この最多のがんのリスクがぐんと下がる可能性が高いわけですから、全粒穀物食を国民食にしていきたいところです。
さて、ここまでいろいろ挙げてきましたが、いつも記しているように、無理のある食生活は続きません。
この食品やこの食事法なら取り入れられるなというものを選び、おいしく楽しい食生活を通じてがん予防を考えて行きましょう。
西沢邦浩
日経BP 総合研究所メディカル・ヘルスラボ客員研究員、サルタ・プレス代表取締役
小学館を経て、91年日経BP社入社。開発部次長として新媒体などの事業開発に携わった後、98年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。05年1月より同誌編集長。08年3月に「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、10年まで同誌編集長を務める。18年3月まで、同社マーケティング戦略研究所主席研究員。同志社大学生命医科学部委嘱講師。
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