高血糖のツケ、「血糖負債」がたまらないよう食物繊維リッチな生活を
『日経ヘルス』『日経ヘルスプルミエ』の元編集長で、現在も食品関係を中心に多方面で活躍される、健康医療ジャーナリストの西沢邦浩さんを迎え、「食と健康」についてデータに基づいた情報を発信します。5月のテーマは「意外に知らない高血糖のリスク」について。
2024年5月
健康医療ジャーナリスト 西沢 邦浩
なぜ私たち日本人は高血糖に注意が必要なのか
健康診断結果にある血糖(糖代謝)関連の項目、皆さんの数値はいかがでしょうか。
通常の健康診断では一般的に「空腹時血糖値」と「HbA1c(ヘモグロビンA1c)」を測定するので、前年との比較も含めチェックされているのでないかと思います。
私たち日本人は他の民族以上にこうした血糖指標に敏感になったほうがいい理由があります。それは、遺伝的・体質的に2型糖尿病を発症しやすい民族だからです。
米国在住の日系米国人は白人に比べて肥満者の比率が低いのに、2型糖尿病有病率では白人の2倍に及ぶというデータがあります(Advances in Preventive Medicine誌で2019年6月2日に公開)。また、米国人の糖尿病患者の平均BMIは32を超えており肥満度合が高くなっているのに、日本人患者の平均BMIは23~25程度。普通の体格の人が多く糖尿病にかかっているのです。これはどうしてでしょうか。
食事をして血糖値が上がるとこれを下げるように働くインスリンというホルモンが分泌されますが、このホルモンの効きが悪くなり、きちんと分泌されなくなると糖尿病になります。私たち日本人にはインスリンの分泌能自体が低く、白人の2分の1、黒人の4~5分の1ほどしかないという弱点があるのです(Diabetes Care誌の2013年6月号に掲載ほか)。
そのため、高血糖になる食事を続けてインスリンの無駄使いを続けると、余った糖が蓄積されて肥満する前に糖尿病になってしまうリスクが高いというわけです。
体型的にはそんなに太っていなくてもお腹だけぽっこり出ている「内臓型肥満」の人は特にご注意を。内臓脂肪から出る炎症物質がインスリンの効きを悪くします。女性は更年期に入るころから体型変化に気を付けて。女性ホルモンのエストロゲン分泌が激減する頃から、内臓脂肪がつきやすくなります。
HbA1cの数値は「血糖負債」を表す
では、注意すべき血糖関連数値を見ていきましょう。
以下は、糖尿病の診断に使われる項目です。それぞれに記載した数値を超えたときに糖尿病かどうかの判断に使われます。
冒頭で触れたように、上記4項目の中で、通常の健康診断でチェックできるのは、①の空腹時血糖値、もし健康診断前に食事をしていたら②、そして④のHbA1cです。
もちろん①、②も重要な指標ですが、この機会に関心を高めていただきたいのが④のHbA1c。これは血中で余った糖がヘモグロビンに結合してできる物質です。①や②が一時的な高血糖状態を示すのに対し、④には高血糖が一定期間続いたかどうかが現れるからです。
HbA1cがちょっと難しい言葉なので、これが高値になることのリスクをわかりやすく伝える言葉はないかと思案し、3年ほど前に「血糖負債」と名付けてみました。
高血糖状態が続くことにより、そのダメージが負債のように膨らみ、血管をはじめとする身体の随所にダメージが蓄積していく様子を想像してみてください。血糖負債は糖尿病リスクを高めるだけでなく、肌の張りを支えるコラーゲン線維をダメにしてシワが多い老け顔になったり、脳の血管に溜まれば認知症リスクが高まったりと全身に害を及ぼします。つまり、HbA1c値が高いことは、若くても老化が加速する要因になるのです(Proceedings of the National Academy of Sciences誌2015年7月28日号掲載)。
そして高血糖が続き、血糖負債が膨らんだ前糖尿病状態である「耐糖能異常」になると、糖尿病と診断されていなくても、心血管病や骨粗鬆症性骨折など危険な疾患のリスクが高くなることが日本人の研究でわかっています。
こうした危険な血糖負債ゾーンに入るのは、HbA1cが5.5%を超えるあたりから。
この数字を超えているか、もしくは近い値になってきたら、負債の蓄積を防ぐために食べ方や食事内容を変える必要があります。さらに、ストレスや睡眠不足、運動不足なども血糖上昇に影響を及ぼしますので、同時に生活習慣の見直しも行いましょう。
HbA1c以外に、血糖負債が起こりやすい体になっていないかを確かめられるのが、糖が体に入ったときにどれだけ血糖値が上がりやすいかを調べる③の糖負荷試験です。
HbA1cが正常値だとしても、この試験でブドウ糖水摂取2時間後の血糖値が高いようだったら、「血糖値スパイク」つまり食後高血糖という状態になっていることがわかります。
これは一般的な健康診断では行わない検査ですので、人間ドックを受ける折などに受けてみてはいかがでしょうか。
私は、だいたい隔年ごとに人間ドックで糖負荷試験を受けるのに加え、自分で指の腹に針で小さな穴をあけて血糖値を測定する血糖値測定器を使用することがあります。これは薬局で自費購入したもの。「血糖値が急上昇しそうな食品(もしくは食事)だな」と思ったときに、それを食べた後に本当に血糖値が高値になっているかを調べ、もし高かったら以後その食品の食べ方に気を付けるようにしています。
本来、自分で血糖値を測定する機器は、糖尿病の患者さんが購入して血糖値の管理に使うものですので読者の皆さんにお勧めするものではありませんが、このように自分の血糖値が上がりやすい食品を確認することにも使えます。
続けやすい、高血糖を防ぐ食事法とは
では、どのような食事をしたら、高血糖を避けることができるのでしょうか。
皆さんは「糖質制限」という方法をご存じですか?
10年間ほど前から、「血糖値スパイク」が繰り返されて高血糖状態になることが、肥満や肌老化にもつながるとしてテレビ番組などで繰り返し紹介されました。
そして、それを防ぐ方法の一つとして一般の女性たちにまで人気を博したのが、血糖値上昇の元になる糖質の摂取量自体を少なくする「糖質制限」という食事法です。
糖尿病やその予備軍である耐糖能異常の方にはこの方法が用いられるケースもありますが、一般の方がダイエット目的や日常的な血糖値管理法として行うことを私はあまりお勧めしません。
なぜなら、いわゆる糖質食品の主体は穀物=炭水化物食品ですが、これを減らすことはとりもなおさず、腸の有用菌のエサになる食物繊維の摂取量減に直結するからです。令和元年版の国民健康・栄養調査でも、穀類由来の食物繊維が摂取量全体の約35%を占め、最大の食物繊維源であることがわかります。しかも、この中には、腸内細菌のエサになって健康維持に役立つ発酵性食物繊維が多く含まれているのです。
そのため極端な糖質制限は血糖値が急上昇しにくい半面、腸内環境を悪化させたり、便を作る力が弱くなって便秘になったりという結果を招くことがあります。長期的な健康維持を考えたらほかの方法を選ぶのがよさそうです。
糖質制限以外にもいろいろな方法がありますが、無理なく長く続けられる方法を選びたいもの。私は、糖の吸収を緩やかにし、腸でGLP-1というインスリンの働きを助ける血糖調整ホルモンの分泌を促す食物繊維をしっかりとることが王道だと考えます。
<お勧め方法1>
■白米の3割以上を食物繊維が多い「全粒系穀物」置き換える
砂糖が多く入った清涼飲料やお菓子はできれば控えめに。
そして、一番重要なのが主食です。白米に食物繊維の多いもち麦や他の雑穀・玄米といった全粒穀物を混ぜて食べるか、白米と置き換えていただくのがベスト。食べやすい3割もち麦ご飯あたりから始めて、全粒系穀物比率を上げていきましょう。“全粒系”と記しているのは、もち麦(大麦)は、精製して使うので厳密には全粒穀物と言えないのですが、全粒穀物同等に食物繊維がとれるからです。パンの場合は全粒小麦粉やライ麦粉を原料に使用するものを選びたいところ。
全粒穀物とそれに含まれる食物繊維は、あらゆる食品の中で、血糖値の変動を安定させ、2型糖尿病リスクを下げるパワーが最も大きいということが、膨大な数の研究を分析することで実証されています(BMJ誌2019 年 7 月 3 日号に掲載)。
特に、朝食でがっちり全粒穀物を食べると血糖値安定効果が高く出るようです(Diabetes Care誌2020年5月6日号掲載)。
<お勧め方法2>
■白いご飯が一番!という人は、血糖値上昇を抑制する食品と一緒に食べる
もしくは、こうした食品を食事の最初に食べる(ベジタブルファースト)
やはり主食は白いご飯や白いパンがいい」という方は、豆類、海藻、野菜など食物繊維が多い食品や酢を使ったおかずを最初に食べるか(ベジタブルファースト)、一緒に食べましょう。
下記の表は、白いご飯を食べたときの血糖上昇を100としたときに、ほかの食品と組み合わせて食べたらどれだけ上昇が抑えられるかを示したもの。グライセミック・インデックス(GI)という指数です。大豆丸ごとなので食物繊維が多く、そのうえ発酵してネバネバ成分が多くなっている納豆と一緒に食べると、かなり低い値になることがわかります。
さらに、1日にとる食物繊維量が世界保健機関(WHO)が推奨する25gを超えればなお良し。1日25gを超える食物繊維摂取で多くの疾患リスクが下がることがわかっています。
前糖尿病の人と糖尿病の人が6週間以上食物繊維が多い食生活をした試験42件を分析したところ、血糖値はもとより、コレステロール値も体重も改善したという結果が出ています(PLoS Medicine誌 2020年 3月6日号に掲載)。
「ファイバーリッチな生活」を合言葉に。
<お勧め方法3>
■早めの時間に朝食を食べ、夜遅い時間に食事をしない
そして、ゆっくり噛んで食べる
あとは、いつどのように食べるか。
血糖値が上がりやすく、1日を通した血糖値の安定を損なう代表的な食べ方は「朝ご飯抜き」「遅い夕食」「早食い」です。
それぞれ多くの研究がありますが、ここでは代表して、京都府立医科大学のチームが日本人で行った研究を見てみましょう。
日本人約13万例を10年間にわたって追跡した結果、BMI25未満の普通体重の人たちで上記3つの食べ方が2型糖尿病リスクを高めることがわかったのです(Jounal of Diabetes Investigation誌で2024年4月2日公開)。
「朝ご飯抜き」 ・・・・ リスクが1.36倍
「遅い夕食」(就寝前2時間以内の夕食) ・・・・ リスクが1.09増
「早食い」 ・・・・ リスクが1.61倍
つまり、「きちんと朝ご飯を食べる」「夕食は早めにすます」「ゆっくり噛んで食べる」が、血糖値を安定させる基本的な食生活パターンです。
朝ご飯を8時半前に食べる習慣がある人はそれ以降に食べた人よりも空腹時の血糖値が低い、1日にとるカロリーを早い時間帯の食事で多くとるほど血糖値が異常値になりないくいといった報告もあるので、朝ご飯はなるべく早い時間にしっかりとりましょう。
食後に横になったり、そのままテレビを見続けたりしないで、洗い物をする、散歩をするなどすぐに体を動かしただけでも血糖値上昇のピークが下がります。食べたら動きましょう。これは研究もありますが、自分でも血糖値測定器で測って確かめてみたので、自信を持ってお勧めできます。
最後に、2022年1月のコラム『「健康は「楽しい食卓」から始まる』(https://www.fresta.co.jp/healthyproject/9370)でお伝えしたように、イライラ・うつうつしながら食べるストレスフルな食事では血糖値がジャンプアップするおそれがありますが、楽しく食べると血糖値は上がりにくくなります。
是非とも、食事は楽しく召し上がってくださいね。
西沢邦浩
日経BP 総合研究所メディカル・ヘルスラボ客員研究員、サルタ・プレス代表取締役
小学館を経て、91年日経BP社入社。開発部次長として新媒体などの事業開発に携わった後、98年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。05年1月より同誌編集長。08年3月に「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、10年まで同誌編集長を務める。18年3月まで、同社マーケティング戦略研究所主席研究員。同志社大学生命医科学部委嘱講師。
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