チョコレートとココアのもと、カカオはすべての人を幸せにする力を持っている
『日経ヘルス』『日経ヘルスプルミエ』の元編集長で、現在も食品関係を中心に多方面で活躍される、健康医療ジャーナリストの西沢邦浩さんを迎え、「食と健康」についてデータに基づいた情報を発信します。2月のテーマは「カカオ」。カカオに秘められた優れたパワーについて、より深く知る機会となりますように。
2024年2月
健康医療ジャーナリスト 西沢 邦浩
バレンタインデーを機に、チョコレートで“健康革命”を
男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす
(『チョコレート革命』より)
歌集のタイトルにもなっている、俵万智さんの有名な短歌です。
「恋の重要な場面で大人の返事をするなんてどういうこと!一人の男として心のまま向き合ってよ」といった想いを詠んだ歌でしょうか。そして、そんな煮え切らない彼に向って、チョコレートで甘くほろ苦く反旗を翻してやろうというのです。
いい歌ですね。チョコレートの本質を突いているような気がします。
2月前半は、街を歩くと華やかにディスプレイされたチョコレートが次々と目に飛び込んでくる季節。
バレンタインデーにどうして女性から男性にチョコレートを贈るのかということについては諸説ありますが、基本的にはチョコレートメーカーの戦略というところに落ち着いているようです。
きっかけはなんであれ、好意を持つ人に気持ちを伝えるために贈るものとして、みんながチョコレートを受け入れたということ。義理チョコが女性を(おそらく)疲れさせた時代もありましたし、今では、バレンタインデーに、自分に対するご褒美としてチョコレートを買い求める方も多くなっているようですが…。
いずれにしても、みんなチョコレートが大好き!
実際に、チョコレートの市場規模は約4000億円と、ビスケット類、米菓を押さえ、日本のお菓子市場約2兆円の2割を占めるNo.1お菓子なのです。
しかし、そもそもチョコレートの原材料であるカカオは、俵さんが使った“チョコレート革命”という言葉がしっくりくるほど、波乱万丈の物語を秘める食材でもあります。
カカオはもともと原産地のメキシコ・アステカ族に“テオブロマ(神の食べ物)”と呼ばれていた神聖な食品。メソアメリカ(中南米で紀元前から古代文明が栄えた地域)では、カカオ豆をすり潰して泡立てた“ショコラテ”を戦いの前などに飲んでパワーアップを図ったり、結婚式といったハレの場で飲んだそう。チョコレートというよりココアに近い利用法ですね。
これを、アステカ王国を滅ぼしたスペインのエルナン・コルテスが母国に持ち帰って、ココアやチョコレートが生まれていくわけです。
その神聖な生い立ち、その後西洋に渡るまでの苦い経緯、そしてやがて世界の甘党を虜にしていく様は、俵さんが使った“チョコレート革命”という言葉の解釈に深みを与えてくれます。
「カカオ特集を組もう!」と思った、奇跡のココア事件
カカオ豆を発酵させて乾燥・焙煎し、これを原料として作られるチョコレートやココア。
この20年ほどの間に、こうしたカカオ製品が秘めるパワーが解明されてきました。
香り高く、美味で心がうきうきするだけでなく、実際に健康効果を持っていることが科学的に実証されてきたのです。しかも、その効能の種類は、よくぞこんなオールマイティーな力を持つ食材を見つけたものだと感心するくらい多彩。
機能性表示食品として発売されているチョコレートやココアに記載されている機能だけでも、「高めの血圧の低下」、「末梢血流改善(冷え改善)」、「血中HDL(善玉)コレステロールを増やす」に加え、「中高年が運動するときの身体の柔軟性・筋力・バランス感覚の維持」というユニークなものまであります。
中には、2種類、3種類の機能性を同時に表記している商品もあるので、チェックしてみてください。
いずれもカカオフラバノール(ポリフェノールの一種)という成分を30㎎から100㎎含むもので表示されています。一般的なミルクチョコレートなら100gで40~140㎎、ハイカカオのダークチョコレートだと~7000㎎くらいまで含まれる量に幅があるようですが(*)、なるべくカカオ比率の高いチョコレートやカカオパウダーリッチなココアを選べば、日常的な摂取量でも届く有効量です。
*フラバノールの量は各種資料から試算したもの。
ほかに、これまで話題になってきたカカオの機能には、整腸作用、リラックス作用、ピロリ菌などの制菌作用もあります。これらはポリフェノールとは違う成分も関与すると考えられていて、それぞれ、食物繊維、ほろ苦成分のテオブロミン、遊離脂肪酸が働くようです。
さてここからは、カカオにたっぷり含まれる食物繊維について、ちょっと私の小咄をお読みいただければと思います。
その前にまず、カカオ製品の食物繊維量を確認しておきましょう(いずれも100g中の量)。
●ピュアココア 23.9g
スイートチョコレート 7.7g
スイートチョコレート(カカオ増量) 13.1g
(日本食品標準成分表(八訂)増補2023より)
日常生活で口にする食品のなかではかなり上位に入る量ですね。特にカカオには、便通にいい不溶性食物繊維が多いのです(100g中に18.3g、水溶性食物繊維も5.6g含む)。
読者の人気が高い食品なので、私が編集していた『日経ヘルス』誌では、年に1回はココアかチョコレートを取り上げましたが、最初に爆発的な反響があったのは2003年に企画した「ココアで便秘改善」という企画でした。これを機にいくつかのテレビ番組でも取り上げられたほど。
どんな内容かというと・・・・・。
これは、ある国立病院の救命救急センターに勤務していたM医師の体験談をうかがい、その話に感動して生まれた企画でした。
Mさんの話。
「救命救急に運び込まれてきた患者さんが、“この世にお別れするリスクもあるなら、大好きなチョコレートを食べたい”というのです。確かに予断を許さない状態でした。しかし、固形物を食べてもらうのは難しかったので、流動食としてとってもらえるココアをストローで飲んでもらったのです。そして幸いなことに、患者さんの病状は落ち着いていきました。しかし、まだおむつをはずせない状態ではありました。そんなある日から何回か続けて、看護師が患者さんのおむつ替えのタイミングを逃してしまったんです」とMさん。
いったいどういうことでしょうか。
看護師さんは便臭もしないので、便は出ていないだろうと思ったら、しっかり出ていたというわけです。そこで、M医師は「もしかしたら、ココアには便通改善作用と善玉菌を増やす整腸作用があるのではないか」と考えました。
関心を持った彼は、何人かのチョコレートやココア好きの入院患者に了解を得たうえで、病院食に加えてとってもらうことにしました。すると、ほとんどの患者さんで毎日排便があるようになり、1週間ほどで便臭も軽減することが確認されたというのです。
これはおもしろい!と、さっそく『日経ヘルスの』特集企画にすることに。せっかくなので「頑固な便秘が悩み」という読者十数人にも参加してもらい、1日2回ずつ、1週間ココアを飲んでもらいました。すると、7割以上の人が快便に!
このときに飲んでもらったココアは、メーカーに特注で作ってもらった食物繊維量が通常のココアの1.5倍入ったハイカカオココア。1杯分10gに約2.5g程度の食物繊維が入っていたはずなので、1日当たりココアから約5gの食物繊維をとってもらったことになります。
そして、その特注ココアを読者プレゼントにもしたのですが、なんと1万人近い数の応募が殺到して、編集部はてんやわんや!私は、応募数のよみの甘さを当時の編集長に罵倒され、特集の大ヒットも帳消しになったという話。
おあとがよろしいようで(^_^;)。
皆さんも、ピュアココア含有量が多いココアやハイカカオをある程度とり続けたら、便秘解消が期待できるかもしれません。
間食にチョコレートは、健康を守るための重要な戦略
閑話休題。
ここまでに挙げた機能性に加え、血糖値の上昇を抑制したり、認知機能の維持に役立つという報告もあって、カカオからはますます目が離せません。
例えば、下記のような研究があります。
●炭水化物の吸収を緩やかにし、血糖調整ホルモンの分泌を促す(血糖値の調整)
カカオポリフェノールが食事でとった炭水化物の分解を緩やかにし、また腸を刺激して血糖調整ホルモンを分泌させることで、血糖値の急上昇を抑制する。
食事の前にダークチョコレートをひとかけらとる、という利用法もありそうですね。食前酒ならぬ食前間食です。
(Journal of Nutritional Biochemistry誌 2016年1月号、nutrition誌2021年5月号ほか)
●認知機能の向上を助け、また低下を抑制する(認知機能の維持)。
ダークチョコレートを毎日食べることで、神経成長因子(NGF)が増加し認知機能が向上した。カカオポリフェノールをとったら、食事の質が悪い高齢者の認知機能低下を抑制したという報告も。
もちろん3食は大切ですが、その栄養バランスがとりにくい時に、チョコレートで健康を守ることができるとしたら、間食をとる意味も変わってきそうですね。
(Nutrients誌2019年11月16日公開、The American Journal of Clinical Nutrition誌2024年1月号ほか)
こんな素敵なチョコレートですから、砂糖やミルクをとり過ぎることにならなければ、間食として最高の食品です。
2021年10月の当欄「おやつはとり方次第!おいしい&ヘルシーライフの味方につけよう」(https://www.fresta.co.jp/healthyproject/7844)にも記したように、間食を気分転換やストレス緩和に大切なものと感じつつも、「たくさん食べると太る」という罪悪感が先に立つ人も多いようです。
しかし、カカオを多く含むチョコレートは、自分へのご褒美だけでなく健康に役立つ間食ですから罪悪感フリー。ここまでお読みになった方は、「カカオってすごいな」と感じておられると思いますが、料理にカカオを使わない日本では、この優秀な食品は3食ではほとんどとる機会がないのです。
つまり、間食で補給するしかない食品。
「そうはいっても、やっぱりチョコレートを夜食べるのはまずいでしょ」と思っている女性にお伝えしたい朗報も。
更年期以降の女性が参加した研究で、夜100gのミルクチョコレートを食べても、体内で糖質の利用度が高まり、代謝を良好にする短鎖脂肪酸の量が腸で大幅に増加したという研究が発表されました。この研究に使われたチョコレートは100gにカカオを18.1g含む一方、57.5 gの砂糖入りだったということですが、それでもこのような効果が確認されているのですから驚きです(FASEB Jounal誌 2021年7月号に掲載)。
とはいっても、なるべくカカオ分が多いチョコレートやココアを選ぶようにしておけば安心。
さて、かくいう私が、ここ数年ハマっているのは、焙煎したカカオ豆を砕いた“カカオニブ”です。まさに、チョコレートの原料である100%カカオをそのまま楽しむ食べ方。
原産地によって風味や味わいが異なるカカオの個性をそのまま味わえて、お酒のおつまみにもぴったり。
見かけるたびに購入し、いろいろな種類のカカオニブを楽しんでいます。
写真は、ちょうど今、食べているもの。メキシコの南にあるベリーズ産のカカオニブです(販売元:ダンデライオン・チョコレート・ジャパン)。
口の中に入れるたびに、チョコレートの歴史が紡がれていくような深い味わいが体をめぐります。
皆さんもどこかで見かけたら是非お試しあれ。もっとチョコレートが好きになること請け合いです。
ということで、今夜もそろそろ、このカカオニブと一杯のワインで、私のチョコレート革命を始めることにいたします。
験(しるし)なきダメンズなれど一坏(ひとつき)の酒とカカオで革命気分
邦浩
西沢邦浩
日経BP 総合研究所メディカル・ヘルスラボ客員研究員、サルタ・プレス代表取締役
小学館を経て、91年日経BP社入社。開発部次長として新媒体などの事業開発に携わった後、98年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。05年1月より同誌編集長。08年3月に「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、10年まで同誌編集長を務める。18年3月まで、同社マーケティング戦略研究所主席研究員。同志社大学生命医科学部委嘱講師。
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