日本人に愛されてきた冬の2大人気果物、 「りんご」「みかん」には心をほぐす力がある

2024年1月

健康医療ジャーナリスト 西沢 邦浩

果物をよく食べる人はうつになるリスクが少ない

冬の夜は長いし、さらに寒いからと家の中にこもりがちになると、気分がふさぎ込むことにもなりかねません。そんなときはまず、朝の太陽をしっかり目にも体にも入れる生活を。

太陽光による体内時計のチューニングから1日を始めるだけでも、心のスイッチが切り替わります。

そして冬は、りんごとみかんを代表とする柑橘類が美味しい季節。こうした旬のみずみずしい果物を口に入れると、甘み・酸味とともに、爽やかさやほっとする感じがもたらされますね。

実際、果物をよく食べる人たちは、あまり食べない人達に比べて、うつになるリスクが約3分の1(66%減)しかなかったという大規模な日本人研究(JPHCスタディ)もあるのです(Translational Psychiatry誌、2022年9月26日付)。

この冬は意識して果物を食べることで、“リセットフード”として活用してみませんか?

果物によるリラックス効果には、糖と酸味成分(クエン酸など)のバランスも大切な役割を果たしているようですが、リセット作用については、みかんを含む柑橘類に含まれるリモネンといった香気成分の働きも大きいと考えられています。

リモネンを多く含み、ことに香り高いユズの香気成分を嗅いだら、月経前症候群(PMS)に伴う落ち込んだ気持ちが大幅に減少したという日本人女性で行われた研究があります。

リモネンを主体とする香りで副交感神経がオンになり、感情を評価する項目の中で「緊張不安」、「倦怠感」、「総気分障害」がどれも大きく改善しました(BioPsychoSocial Medicine誌、2016年4月21日付)。

ちなみに同じ柑橘の香りでも、交感神経を刺激してシャキッとするには(リフレッシュしつつ覚醒するには)グレープフルーツがいいようです。

さらに、果物に含まれる色素成分やえぐみ成分であるフラボノイド(ポリフェノールの一種)にも、抗酸化作用によってストレスなどに由来するうつを予防・軽減する作用が期待できます。

前述のJPHCスタディで、フラボノイドが多い果物を多く食べている人は最も少ない人たちより、うつの発症リスクが56%も減っていたのです。

果物は、冬の心の元気薬になるいくつものパワーを秘めています。まず香りを楽しみ、そして体の中から心を上向きにして行きましょう。

古くから日本人の冬を彩ってきた2大果実のパワー

①りんご

最近は、冬の3大人気果物として、りんご、みかん、いちごが挙げられますが、いちごが人気者入りしたのはハウス栽培が広がった1980年代以降。ケーキに欠かせないクリスマスフルーツとして定着していったのですね。

長く日本人に愛されてきたのは、りんごとみかんの二つ。

そうは言っても、りんご(西洋りんご)も日本で栽培が始まったのは明治に入ってからではあります。一方、世界で見るとりんごは人類の歴史と同じくらい長く食されてきた果物。

アダムとイヴの物語にあるように、聖書では“知恵の実”。また、英国のことわざ、”An apple a day keeps the doctor away(1日1個のりんごは医者を遠ざける)“に象徴される”健康を守る果実“と位置付けられてきました。

日本では、ここに“心の果物”という面が加わります。日本文学でしばしばそのようなアイコンとして使われるので、腑に落ちる方が多いのでは?

例えば島崎藤村による詩『初恋』の一節。

やさしく白き手をのべて

林檎(りんご)をわれにあたへしは 

薄紅の秋の実に 

人こひ初めしはじめなり

長野で暮らしていた少年時代、ある日の国語の授業で、この歌を朗々と暗唱した少女に、電撃のような胸の高鳴りを覚えたことが思い出されます。

同時に、そのころよく口にした、凛とした赤い実が美しいりんご「紅玉」が、酸味の中に甘みの斑が入ったようなナイーブでさっぱりした味とともに、口内と脳裏に蘇るのです。

「紅玉」は私にとって、食べたら確実に心をほぐしてくれる果実。

フジなど甘みが強い品種に押され、一時期はまったく市中で見かけることもなくなって、だいぶ寂しい思いをしました。近年、デザート用途などで再び生産量が増えつつあるようで、生果を口にすることもできるようになりホッとしています。

さて、健康面で言うと、りんごはそのポリフェノール(フラボノイド)成分であるプロシアニジンが注目されて各種の研究が行われています。この成分を1日110㎎摂取することで「高めのBMIの低下」、55㎎で「紫外線から肌を守る」という働きが実証され、機能性表示食品に利用されているほど。

りんご約300g(可食部)でプロシアニジン約110㎎がとれるので、1日1個食べ続ければ、お腹すっきり、お肌ツヤツヤがどちらも手に入れられるかもしれません。 

また、芯に蜜が入ったりんごなら、お通じをよくする効果も期待できそう。りんごの蜜は、便通改善に役立つ糖アルコールのソルビトールでできているからです。

蜜が入ったりんごは熟したことの表れで、その見分け方の一つは香り。りんごの香りはエチルエステル、メチルエステルという成分が特徴ですが、この香りが強いりんごは蜜が多いことが判明しています。

②みかん

「可愛やりんご」は、その香りばかりでなく、体の内側から私たちの体をすっきりさせ、総合力で心身を晴れやかにしてくれるのでしょう。

一方のみかんは江戸時代初期には武家の贈答品で、庶民には高嶺の花だったようです。それが、元禄期には江戸の市中で売られるようになり、ブームになったとされています。

先に触れたように、みかんの香り成分に多いのは気分をアゲてくれるリモネン。

そればかりか、みかんの香りはいろいろな香りの中でも、脳が健康かを判断するリトマス試験紙にもなるようです。

63~85歳の日本人高齢者44人が、バラやカレーなど12種類の匂いを嗅いで、それが何かを当てる試験をしたところ、ほかのものでは有意な差が出なかったのに、みかんの匂いがわからない人では脳の内側側頭領域の萎縮が見られたといいます(BMC Geriatrics誌、2021年7月12日公開)。

長く日本人がなじんできたみかんを、その香りとともに楽しむことは、私たちの心(脳)のペースメーカーになってきたのかもしれません。

もちろんみかんは香り成分以外でも、健康維持に役立ってくれます。

注目されている成分には、未熟果に多く含まれるヘスペリジン、ナリルチン、カロチノイドの一種β-クリプチキサンチンがあります。

ヘスペリジン、ナリルチンは「花粉やハウスダスト、ホコリなどによる鼻の不快感を軽減する」という機能性を、β-クリプチキサンチンは「骨代謝の働きを助けることにより骨の健康維持に役立つ」という機能性が確認されていて、多くの機能性表示食品が出ています。

みかんについては、2022年11月の当欄でも取りあげましたが(https://www.fresta.co.jp/healthyproject/16820)、改めて、このコラムの冒頭に置いた俳人・尾崎放哉の句を記します。

蜜柑(みかん)たべてよい火にあたつて居る 

過去の記憶を思い出すことで脳に刺激を与える、「回想法」という認知症進行を緩やかにすることが期待されている療法があります。りんごやみかんが心に効く秘密の一つは、このあたりに鍵があるのではないかと考えています。

昔の恋や家族団らんといった大切な思い出のシーンに関わることが多い果物なのでしょう。

「間食」は、3食ではとれない食材を使うことが多いので、不足しがちな栄養素を補うことにも役立ちますが、各種調査を見ると、多くの人が主に「気分転換」や「ストレス緩和」を期待してとっていることがわかります。

今ではお菓子と間食は同義語のように扱われますが、そもそも、砂糖を使った菓子が大衆化するまで、私たち日本人にとって「甘いもの/菓子」とは果物のことでした。

そう考えると、気分が滅入っている時、どこかうつうつしているときこそ、間食としてりんごやみかんなどの果物をとるベストタイミングだと言えるのではないでしょうか。

かぐわしい香気成分と、みずみずしい食感とともに体の奥底に染み込んでいく滋養成分をいただいて、冬の寒さに凍えがちな心を喜ばせてあげましょう。

西沢邦浩

日経BP 総合研究所メディカル・ヘルスラボ客員研究員、サルタ・プレス代表取締役
小学館を経て、91年日経BP社入社。開発部次長として新媒体などの事業開発に携わった後、98年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。05年1月より同誌編集長。08年3月に「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、10年まで同誌編集長を務める。18年3月まで、同社マーケティング戦略研究所主席研究員。同志社大学生命医科学部委嘱講師。