江戸時代に庶民が愛した夏の食材は、確かに夏バテに効く

『日経ヘルス』『日経ヘルスプルミエ』の元編集長で、現在も食品関係を中心に多方面で活躍される、健康医療ジャーナリストの西沢邦浩さんを迎え、「食と健康」についてデータに基づいた情報を発信します。8月のテーマはズバリ「夏バテ対策」。酷暑を乗り切るヒントになりますように。

2023年8月

健康医療ジャーナリスト 西沢 邦浩

食あたりや疫病も怖かった江戸の夏の人気ドリンクとは

いつの間に“酷暑の夏”が定番になってしまったのでしょうか…。ちょっと動いただけで汗が吹き出すわ、疲れは抜けないわ、夜は寝苦しいわ。

コンクリートで地面を固められ、道を歩けばあちこちの建物の室外機から熱風が吹き出す現代とは暑さの感じ方も違ったとは思いますが、かつて夏は食あたりや疫病が流行する危険な時期でもありました。とはいえ、対策は「祇園祭」のような疫病払いイベントや、独自の養生法という時代。

例えば、江戸の街では、「あまいっ、あーまいっ」と歌いつつ歩く甘酒売りが夏の風物誌だったそうです。しかも温かい甘酒。米と米麹で発酵させる甘酒にはブドウ糖以外にアミノ酸やビタミンB群も含まれます。そのためエネルギーになりやすいだけでなく、麹菌や自然に入りこんだ乳酸菌が腸から免疫も整えてくれたのでしょう。

甘酒は主に、体力がない子供や高齢者向けで、一般の大人たちの夏バテ対策には、枇杷葉茶(びわようとう)が好まれたようです。生薬の甘草やクコなどを一緒に煎じることもあったとのこと。タンニンやサポニンといったポリフェノールが、暑さや紫外線による酸化・炎症の抑制に働いた可能性があります。

こうした民間茶では柿の葉茶もお勧めです。島根の研究機関が調べた柿の葉茶のビタミンC含有量は12.5~32.0mg/100g(茶葉そのものにはなんと3000~5000㎎/100gも!)。これは、飲料の中では玉露と肩を並べるほどの多さ。ちなみに、ビタミンCが1日30~1000㎎の範囲内でとれる食品は、栄養機能食品として「皮膚や粘膜の健康維持を助けるとともに、抗酸化作用を持つ」という表記が可能です。

枇杷葉茶も柿の葉茶も市販品が出ているので、機会があったら、夏向きのお茶として試してみてください。どちらもノンカフェインで飲みやすいお茶です。

鰻、豚・・・・夏に人気の2大動物性食品はやっぱりエラかった

江戸時代から人気の夏のスタミナ食といえば、鰻ですね。土用丑の日に鰻を食べるというのは、かの平賀源内が仕掛けたという説もありますが、江戸も後半になると鰻屋の番付が作られるほどの人気料理になりました。

鰻(かば焼き)に多い成分の代表といえばビタミンA(レチノール、1500㎍/100g)、ビタミンD(19㎍/100g)とオメガ3脂肪酸(2.87g/100g)。何といっても、このスーパー3成分が一緒にとれるところが魅力です。しかも、他の魚にはない独自の食感、うま味がたまらない!(成分量は、いずれも日本食品標準成分表(八訂)より)

魚が主な摂取源になるビタミンDとオメガ3については、2022年6月のコラム「世界が憧れる日本の誇り、魚食文化が危ない!」(https://www.fresta.co.jp/healthyproject/13687)でも触れましたが、ビタミンDは感染症などからの防御や免疫の維持に欠かせません。オメガ3は炎症抑制や血液の健康状態を保つ働きを持っています。

さらに、ビタミンAは皮膚や呼吸器の免疫力を高めて、こうした経路からの感染防止に役立ってくれる。

暑さで体力が落ちる夏場には鰻、とはよく言ったもんです。魚類の中には、肝などの内臓に高濃度でビタミンAを含むものがありますが、魚肉でここまでビタミンAがとれる魚類は稀ですから。

皆さんは、『肝油ドロップ』を食べたことがありますか?

私たちの幼少時代は、夏休み前になると、幼稚園や小学校で『肝油ドロップ』が頒布されました。「クスリのようなものらしいが甘くておいしい(今のグミにつながる食感です)」ため、子供心に頒布が楽しみだったものです。ビタミンA、ビタミンDの摂取を目的とした“機能性食品”ですが、タラなどの肝臓から抽出されて作られていました。

当時は夏の感染症予防とかではなく、骨や歯の発育、夜盲症(とり目)やくる病の予防を目的に掲げていたと記憶しています。戦後の栄養不足対策が慣習化して、この頃まで続いていたんですね。

でも、「もはや、これらの栄養不足はない」とはいえないのが問題。実際、どの年代層でもビタミンA、ビタミンDともに不足気味です。一方、ビタミンAは過剰摂取に注意が必要なビタミンでもありますので、やはり、食事からとるのが安心。こう考えても、鰻はほんとに優秀な食材だということがわかります。

難点は、毎日食べるのにはちょっとハードルが高いその値段でしょうか(汗)。

そんな点も含めて、夏バテ対策食材というと、値段も含めて「やっぱり豚肉でしょ。疲労解消に役立つビタミンB1が豊富だから」という方も多いでしょう。

ビタミンB1は糖をエネルギーにするのに不可欠。不足するとクエン酸回路から十分なエネルギーが作り出せなくなり、疲労がたまりやすくなります。したがって、代謝活動が盛んな夏場は特に積極的にとる必要があるわけですね。ニンニクや玉ねぎなどのにおい成分でもあるイオウ化合物アリインと一緒にとると吸収がよくなるので、こうしたメニューもよく見かけます。

実際、焼いたヒレ肉の2.09㎎/100gを筆頭に、豚は最も効率的なビタミンB1源の一つといえます(日本食品標準成分表(八訂)より)。

私は、生姜とニンニクをおろし、醤油、みりんと合わせた調味料でつくる「豚生姜焼き」が大好き。豚と玉ねぎを炒めて、合わせ調味料を加えてさらに炒めるだけ。香ばしい匂いと生姜の辛みで、食欲も進みます。夏は、タレにニンニクを利かせた、豚の冷やししゃぶしゃぶもよいですね。

さて、実はビタミンB1については、近年、新たな注目の機能性が明らかになっています。それは、ビタミンB1が腸からの免疫維持に不可欠な成分だということです。国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所と東京大学の研究チームが発見しました。

腸にはパイエル板という免疫細胞が集まる組織があり、ここが私たちの免疫の要となっています。感染症を引き起こすウイルスや細菌が侵入してきた際も、パイエル板にいる免疫細胞たちがその特徴を学び抗体を作って攻撃します。ところが、マウスを使った研究で、ビタミンB1を欠乏させると、パイエル板自体が大幅に縮小し、B細胞、T細胞といった免疫細胞も減少、抗体をつくる力が失われてしまうことがわかったのです(Cell Reports誌2015 年10月6日号に掲載)。

「夏にはビタミンB1が多い豚肉!」というのは、夏バテ・夏の疲れ対策だけではなく、食あたりや感染症予防にも一役買ってくれている可能性もあるわけです。やはり、豚は夏のスーパー食材!

スイカを筆頭とするウリ科食材で夏の血管を守る

江戸の市民は、スイカやマクワウリも大好きでした。

もともと果実類を「水菓子」と呼ぶように、キュウリやゴーヤーも含めたウリ科の野菜のほとんどは水分が90%以上。夏の重要な水分補給源でもありました。

汗と一緒に出てしまうカリウムも適量含まれるので(100gに200㎎程度)、塩をひとつまみ振って食べれば、熱中症予防や発熱時に使用される経口補水液替わりにもなってくれます。そもそも当時はスイカも今ほど甘みがなかったそうですから、冷水に浸しておいて、軽く塩を振って食べるというのは一般的な食べ方だったことでしょう。

冷房もなく、蛇口をひねれば水が出るわけでもなかった時代に、スイカなどのウリ類はさぞや重宝したはず。

ウリ科の食材に多く含まれる成分で、現代の科学がその効果を明らかにしたものの代表にアミノ酸の一種シトルリンがあります。シトルリンは、私たちの血管で一酸化窒素(NO)という物質を生み出し、血管の健康を守る機能を持つことがわかっています。

15年ほど前に、NOの機能解明でノーベル賞を受賞したルイス・イグナロ博士にインタビューしたことがありますが、血管を拡張して血流をよくするNO産生成分としてシトルリンを勧めていました。また、重要なのは、できれば毎日取り続けることだとも。

その後、シトルリンの動脈硬化予防作用や疲労回復などを確認した研究結果も報告されています。水分不足や栄養素循環の滞りが起こるリスクがある夏場に重要な栄養素だということですね。

では、ウリ科食材でシトルリンを多く含むのは?

●スイカ         180㎎

●冬瓜(実は夏野菜!)   18㎎

●ゴーヤー         16㎎

●キュウリ         9.6㎎

*100gあたりの含有量

(データ:化学と生物,Vol.46,No.7,460-464,2008)

ということで、スイカが断トツです。シトルリンの機能性に関する研究を見るとおよそ800㎎くらいで有効性を確認しているケースが多いので、スイカなら大きめに切って食べればとれる量です。もっとも、イグナロ博士が言うように、シトルリンは一定量をとり続けることが大切なので、スイカに限らず、毎日の食卓にウリ科食材を乗せるよう意識してみてはいかがでしょう。

夏の果実系食材の王様と呼べそうなスイカについては、米国の国民健康栄養調査(NHANES)を分析した研究チームが、「スイカにはいくつもの重要な栄養素が含まれ、しかも水分摂取にも貢献するため、摂取することを奨励すべき」という提言をしています。

1日平均、子供で125 g、大人で161 gスイカを食べている人たちでは、食物繊維、マグネシウム、カリウム、ビタミンAの摂取量が食べていない人たちより5%以上多く、リコピンやほかのカロテノイドの摂取量も多くなっていたというのです(Nutrients誌2022年11月 18日号に掲載)。これだったら、軽く一切れでOK。

夏のデザートはスイカで決まりですね(笑)。

それにしても、旬の食材というのは、よくぞ、その季節に私たちが必要とする栄養素をバランスよく含んでくれているというものです。

逆にいえばこれは、わが先祖たちがその季節に必要な栄養素を補給してくれる食材を経験的に選び、育てる技術を得、さらに品種改良などを通しておいしくしてきたということ。だからこそ、古人がその時期に何を好んで食べてきたかを振り返ってみることは大切なのです。

そして、スーパーに行ったら、「今、旬の食品は何か、それにはどんな特徴があって、どんな調理法が合うのか」を考えるのを習慣にしたいもの。

ここに、私たちの心身のリズムに合う健康管理術があるのではないと思います。

今回取り上げたものだけでなく、夏にうれしい冷や奴にも、枝豆にも、オクラのようなぬるぬる野菜にも、心太にもそれぞれの個性があり、異なる喜びをもたらしてくれます。

どうぞ、夏を彩る食材たちと語り合い、健やかな夏をお過ごしください。

西沢邦浩

日経BP 総合研究所メディカル・ヘルスラボ客員研究員、サルタ・プレス代表取締役
小学館を経て、91年日経BP社入社。開発部次長として新媒体などの事業開発に携わった後、98年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。05年1月より同誌編集長。08年3月に「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、10年まで同誌編集長を務める。18年3月まで、同社マーケティング戦略研究所主席研究員。同志社大学生命医科学部委嘱講師。