世界が憧れる日本の誇り、魚食文化が危ない!

『日経ヘルス』『日経ヘルスプルミエ』の元編集長で、現在も食品関係を中心に多方面で活躍される、健康医療ジャーナリストの西沢邦浩さんを迎え、「食と健康」についてデータに基づいた情報を発信します。今回のテーマは『日本の魚食文化と健康』。魚に含まれる栄養素がいかにして私たちの健康に関わってくるのでしょうか。

2022年6月

健康医療ジャーナリスト 西沢 邦浩


2021年版の『水産白書』によると2020年の日本人の魚介摂取量は一人当たり23.4㎏となり、比較可能な1960年以降で最低となりました。ピークだった2001年度(40.2kg)から4割以上も減少したことになります。一方、世界では1人当たりの食用魚介類の消費量が半世紀で約2倍になり、さらに増え続けているのです。日本が世界に誇る魚食文化に黄信号が灯っています。

食用魚介類の1人1年当たり消費量の変化

(出典:「令和2年度以降の我が国水産の動向」第1章図表1-4よりhttps://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/R3/attach/pdf/220603-3.pdf

四方を海に囲まれ魚種に恵まれる日本で味わえる新鮮な魚料理は世界の人々の憧れ。

こうした生鮮魚介食の文化が花開いたのは江戸時代です。江戸文化が爛熟した文化・文政期(1800年代初頭)には初鰹の刺身を口にすることが“粋(いき)”とされ、江戸末期の安政期(1850年代)には、コハダやマグロ、白魚などの握り寿司が庶民の心をつかんでいきました。そうは言っても、全国どこでもイキのいい魚が食べられるようになったのは、低温物流が一気に広がった1970年代以降、つまり結構最近のことともいえます。

せっかく日本人ならどこに住んでいてもおいしい鮮魚が食べられるようになったのに、気が付いたら魚離れが進んでいるというのは残念でなりません。

特に「刺身・寿司」は、世界の人々が好きな日本食の筆頭でもあります。

日本貿易振興機構が世界7カ国(中国、香港、台湾、韓国、米国、フランス、イタリア)で実施した『日本食品に対する海外消費者意識アンケート調査(2013年)』では、1位が寿司、2位が刺身と、生鮮魚介メニューが圧倒的支持を得ています。

魚の2大健康成分ビタミンDとオメガ3脂肪酸は現代人の守護神

食品として注目されているだけでなく、魚が主な摂取源であるビタミンDと魚油成分オメガ3脂肪酸(DHA、EPA)は西欧で健康維持のために摂取したい栄養素ランキングのトップに来る2大成分です。それは、非常に大切な成分にも関わらず、新鮮な魚を口にするのが難しい地域も多いから。

ビタミンDは欠乏すると免疫が低下し感染症やがんのリスクが高まるとする研究が多く発表されています(「今、最も気にしたいビタミンとは?」の回参照 https://www.fresta.co.jp/healthyproject/2465)。そればかりか、ビタミンDが足りないと筋骨格機能や認知機能の低下にもつながり、全身のフレイル進行にまで影響が及びます。食品ではキノコなどにも入っていますが、魚にはビタミンD3という活性が強い形でたっぷり含まれているのです。

一方のオメガ3は脳や血液の健康を保つのに欠かせないだけでなく、慢性炎症という生活習慣病の原因になる状態を抑える代表的な食品成分。今、国が進めている、先進的なイノベーションを推進するための『ムーンショット型研究開発事業』という日本の未来が託されている研究計画を耳にしたことがあるでしょうか? この中で、“100歳まで健康の不安なく人生を楽しむ社会を実現する“ことを目指す医療・健康分野は「慢性炎症の制御」を研究のターゲットにしているほど。

新型コロナは、サイトカインストームという激しい炎症が起きた場合に重症化する感染症です。世界の85万人を調べた調査で、オメガ3を摂取している人で新型コロナの感染リスクが低いという結果が報じられました。これにはオメガ3の炎症抑制作用が働いているのではないかと推察されています(BMJ Nutrition, Prevention & Health、2021年)。

このように、ビタミンDとオメガ3は、十分に体内にあることで現代人の典型的な弱点と日々戦ってくれる警察部隊といえそうです。  

どちらの栄養素も魚が最良の摂取源。心身の健康維持に欠かせない警察部隊を、私たちは魚を食べることで雇うことができるのです。

特にオメガ3は酸化しやすい脂質。新鮮な魚からとらないと、効力が低下している可能性もあります。その点でも、生もしくはそれに近い状態で、いろいろな種類の魚がおいしく食べられるというのは魚のパワーを得るにも最高な環境といっていいでしょう。

魚を食べる人ほど認知症リスクも死亡リスクも低下

ビタミンDもオメガ3もサプリメントでとれますが、やはり新鮮な魚からが一番。

こんな研究があります。脂質異常症の人たちが2チームに分かれて8週間、毎日2gのオメガ3サプリ(週に14g分)を飲むか、週に2回約250gの新鮮なサーモン(オメガ3含有量は週500gで7g分)を食べたるかしたところ、総コレステロール値や中性脂肪値はサーモンを食べた人たちの方が顕著に下がっていたとのこと(Nutrition & Diabetes、2017年)。とったオメガ3の量はサプリチームの半分なのに、効果では魚に軍配が上がったのです。

おそらく、魚のパワーは、ビタミンDとオメガ3という成分を超えた総合力として現れてくるのでしょう。 

上でご紹介した研究のように、魚食は血液や循環器の健康維持に役立つばかりでなく、脳を守る力が期待されています。

例えば宮城県で65歳以上の約1万3000人を6年弱追跡した研究では、魚の摂取量が最も多いグループは最も少ないグループに比べて、認知症リスクが16%低かったという報告があります(British Journal of Nutrition、2019年)。最も多い群は毎日100g近い量の魚を食べていました。

長野県で約1100人を15年間追いかけた研究では、最も摂取量が少ないグループに比べ、最も多いグループ(中央値82g)で61%もの認知症リスクの低下がみられました(Journal of Alzheimer’s Disease、2021年)。

魚食は全体的な死亡リスクも下げます。

米国で42万人以上を16年間追いかけたところ、一番魚を食べている男性群で9%、女性群で8%、全死因による死亡率が低下していました。特に大きくリスクが低下していたのは男性では慢性肝疾患による死亡率で37%減、女性ではアルツハイマーによる死亡率で38%減と男女で違いもありました。しかし米国では、そもそも一番魚を食べているグループの摂取量が日本よりかなり低く、男性で約30g以上、女性で約25g以上です(Journal of Internal Medicine、2018年)。

いかに、日本が魚食を続けやすい環境にあるかがわかりますね。

私たちは、日本の研究の数字を参考にして、毎日一切れ(80~120g)を目安に魚をとりたいもの。日本人女性を対象にした研究によると、魚をよく食べることでEPAの血中濃度が高い人ほど“幸福感”も増すようです(Nutrients、2020)。

さて、今は6月。旬を迎えたアジをたたき、酒とみりんに味噌を入れて溶いたら、こちらも旬のミョウガとショウガ、ネギ、青ジソを刻み、ごま油で軽く炒めて味噌に入れる。アジと和えて「なめろう」の出来上がり。お気に入りの辛口冷酒と合わせて、夕涼みと行きますか。

よくぞ日本に生まれけり。

五臓六腑に滋味が渡り、ほのかな幸福感が広がっていくのがわかります。