もち麦や玄米、蕎麦米などをベースにした「雑穀のお粥」のススメ
『日経ヘルス』『日経ヘルスプルミエ』の元編集長で、現在も食品関係を中心に多方面で活躍される、健康医療ジャーナリストの西沢邦浩さんを迎え、「食と健康」についてデータに基づいた情報を発信します。今回のテーマは「お粥」。古代から世界各地で愛されてきたお粥が、次なる食のブームを巻き起こすかもしれません。
2023年1月
健康医療ジャーナリスト 西沢 邦浩
「命のスープ」で知られる料理研究家の辰巳芳子さんは、「かけがえのない、口ざわりとうまみ」を持つお粥こそ、日本のポタージュだといいます。
スープでもなく、ふっくら炊いた白米ご飯でもない、お粥独特の温かさと優しさには“癒し”という、ちょっとこそばゆい言葉がよく似合います。
私的な経験で恐縮ですが、お粥とはなぜか一定の頻度で印象的な出会いを繰り返しています。お粥に体が芯からほぐされていくのを全身で感じたのは、ほとんど飲み過ぎた夜が明けた朝というのがお恥ずかしくはあるのですが・・・・。
30年ほど前、当時務めていた出版社の会合で温泉地・湯河原の旅館に。今でいうパワハラ的飲み方を強いられて酩酊した次の朝、何も通らないとしか思えなかった喉にスーッと入り、お腹から温感が広がっていくお粥に手当のような救いを得ました。それは、この旅館の朝粥として用意されたぷちっとした蕎麦米を使った「蕎麦粥」でした。そのさらっとしてぬくいのど越しは今も忘れられません。それからは、蕎麦米を見つけたら購入し、腹から温まりたい朝などに作っています。
そして、20年ほど前は、韓国名物の「爆弾酒」を深更まで繰り返した冬のソウルの朝に。浅い眠りから覚め、重い頭を冷やすために散歩に出て、路地で盛んに蒸気を上げるお粥専門店に足が引き寄せられていきました。ここでいただいた「アワビ粥」には、五臓六腑に染みわたるうまみと優しさがあり、ほのかなゴマ油のかぐわしさは脳のシワの間の淀みも流してくれるようでした。
こんなことが、その後の20年の間にも、武漢や台北、上海などで繰り返されました。
そしてふと思ったのです。
どうして同じ米文化圏の中国や台湾、韓国で広く深く愛されているお粥が、日本では七草粥以外では病気の折くらいにしか親しまれなくなったのだろうかと。
きっと、長く、貨幣と同等の価値を持つ穀物として扱われてきた貴重な米そのもののうまみと食感を、こよなき状態で味わうことを求め続けた結果なのでしょう。つまり、ふっくらと神々しい炊き上がりの米を食べることに憧れ、それを求め続けた国民的共同幻想の表れといえるかもしれません。
人類が農業を開始した昔から愛され続けたお粥
しかし、サウナ人気とともに使われ始めた「ととのう」という言葉がしっくりくる人々が増えている今、日本でも、優しく、自分好みの味に調整することが出来、多様な食材と合わせられるお粥がいよいよ食のシーンで求められているように思えます。
そもそも人類が最初に食べた主食こそがお粥だったのではないでしょうか。
なぜなら、紀元前5000年頃メソポタミアで始まった灌漑農業で収穫された麦(大麦、小麦)は、精製技術が未熟だった当時、全粒に近い状態で食べなければならず、十分水分を含ませないとボソボソ感が強かっただろうと思われるからです。たっぷりの湯やミルクでゆでるしかなかったはず。
実際、メソポタミアで、大麦をベースにレンズ豆や鶉(うずら)の肉を入れた粥が食べられていたという記述が残っているそうです。
ここを起点に穀物食が伝播していった古代ギリシアでは「キュケオーン」、古代ローマでは「プルス」という名で、大麦のお粥が親しまれました。
アジア地域にもこうした流れを汲むお粥が残っています。2011年にユネスコ無形文化遺産になったトルコの伝統食「ケシケキ」は小麦のミルク粥とされていますが、例えばドバイなどでは大麦の「ケシケキ」が食されているようです。
ある地域の伝統食としてお粥食が残る一方、使われる穀物が大麦から圧ぺんしたオート麦に変わりオートミールという形になる変化も遂げて、今につながっているのでしょう。
ちなみに、私が湯河原で救われたと記した「蕎麦粥」がよく食べられている地域もあります。ウクライナやロシアで、「カーシャ」といいます。
オートミールの次に来るブームは「雑穀のお粥」?!
2年ほど前から日本では、“米化”して食べる雑穀・オートミールがブームになりました。
調査会社インテージの調べによると、2022年に全国の小売店で全日用消費財中2番目に売り上げ(対前年比)を伸ばしたのはオートミール(1位は検査薬)。21年には1位でしたので、2年連続で売り上げが伸び続けていることになります。食品の中では、ぶっちぎりの断トツ1位で、19年に比べてなんと1280%も伸びているとのこと。
戦後長い間、雑穀食(全粒穀物、もしくは食物繊維が多い穀物)からほぼ完全に離れてしまっていた日本人が、ここ7~8年の間に、各種雑穀が入ったグラノーラやもち麦、そしてオートミールといった全粒タイプの雑穀の魅力を相次いで“再発見”しています。
一番の理由は、腸が全身の健康維持の基本だということが広く知られてきたこと。それを受けた「腸活ブーム」が、こうした食物繊維をたっぷり含んだ雑穀再発見の原動力になっているのでしょう。
そんな今こそ「朝の雑穀お粥」を提案したいと思います。
大麦(もち麦)、玄米、蕎麦米、はと麦などを白米に置き換えたお粥です。
お勧めしたい理由を記します。
①健康維持に最も欠かせない食品であることが世界中のデータで検証されているのに、日本ではなぜか食事摂取基準でも触れられていない全粒穀物。これをおいしく食べられる(ボソボソした炊きあがりでなく食べられる)
②お粥なら100%全粒穀物にしても食べやすいので、日本人の食物繊維不足解消に大いに役立つ
③嚥下に不安がある高齢者でも食べやすく、こうした方々で起こりやすい便秘などの腸の不調も改善できる(もち麦粥ではすでに高齢者向けに行われた臨床試験の結果も出ていて、これから論文が投稿されるとのこと)
④和・中・韓・西洋風・・・・・お粥は味付けや具も自由なので、飽きが来ないうえにワンボールで食べることができるため、忙しい朝に向いている
⑤特に日本女性に多い冷え症対策にも、朝の温かい雑穀粥は最適
全粒穀物のすばらしさについては、「データが証明した、もっとも健康維持に欠かせない食品とは?(https://www.fresta.co.jp/healthyproject/2543)」の回で触れましたが、改めてその効果を確認しておきましょう。
45もの研究を統合して正しさを検証したシステマティックレビューという研究報告で、毎日とる全粒穀物の摂取量が増えるほど現代人が気を付けるべき疾患による死亡リスクが低下することがわかっています(下図)。
たくさん食べるに越したことはありませんが、今回、私がお勧めしたいのは「朝のお粥」ですので、雑穀50gくらいをお粥にするのがいいかと思います。
毎日50g全粒穀物をとると、どんな病気の死亡リスクがどの程度減るのかはグラフをご覧ください。糖尿病のリスク低下は驚くほどです。
私は、蕎麦米があるときはこれを、通常は一人分50gくらいのもち麦を700~800mlくらいの出汁で20分ほど煮たお粥にして食べることが多いです。これでちょっと小ぶりの丼に一杯分。具材として入れるのは、前の夜の残り物や冷蔵庫にあれば鶏ささみや挽き肉、青菜など。
冒頭に触れた料理研究家の辰巳芳子さんは、著書『続 あなたのために お粥は日本のポタージュです』(文化出版局)の中で、七草粥はもちろん、ゆり根粥、小豆粥、だだちゃ豆の粥などに加え、チキンスープの葛引き粥、しじみコンソメの玄米粥などをレシピとともに紹介されていますが、どれも絶品。
また、オリーブ油を使ってリゾットのようにお粥を作っていくと、雑穀の臭みも気にならないと勧めています。 辰巳さんは、雑穀についてもこう表現されています。
「日本人の食生活は雑穀抜きには、考えられませんでした。(中略)雑穀と豆は、何かしら食糧を安定して用意しておくための、生きていける方法の一つであったと考えられてなりません。」(同書128ページ)
「雑穀は二十一世紀を支えてくれるであろうし、二十一世紀に、よい形でおくっていきたい資産です。」(同書134ページ)
農水省がまとめた「食糧需要に関する基礎統計(1911~15年)」によると、当時の日本人は、全国平均で1日約77gの雑穀を食べていました。60gを超える大麦を筆頭に、アワ、ヒエ、キビ、蕎麦などを。辰巳さんがいわれるように、本当に、生きていくために重要な穀物だったのです。
それから100年以上経って、こうした雑穀が、“糊口をしのぐ”だけの手段ではなく、膨大な医学研究によって、最もヒトの健康維持に貢献してくれる可能性がある食品だということがわかってきたなんて、なんて素敵なことなんでしょう。
ボソボソ感がどうも、という方でもお粥ならそれを解消してくれます。
オートミールの次は、是非、人類の穀物食の知恵が溶け込んだお粥が人気者になってほしいと思います。
最後まで私事で恐縮ですが、去る2023年1月中旬、京都で久方ぶりに顔を合わせた仕事仲間と「やっぱりリモートとは違うね」と膝を突き合わせて熱く話し合い、その後、案の定痛飲してしまいました。
宿泊したホテルが東山だったもので、朝、鈍重な頭を抱えてお近くの『瓢亭』にうかがい、朝粥をいただきました。この時期は「鶉(うずら)がゆ」です。
男一人、お粥で胃腸の凝りをほぐされつつ、心は既に、前述したメソポタミアのお粥(鶉入りの大麦粥)に旅を始めていました。
この日の朝粥は、7000年の時を越えるタイムマシンになってくれたのです。
お粥は、やはり壮大な記憶の食でもありました。
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