納豆にたっぷり含まれる、世界が注目の2大健康成分とは
『日経ヘルス』『日経ヘルスプルミエ』の元編集長で、現在も食品関係を中心に多方面で活躍される、健康医療ジャーナリストの西沢邦浩さんを迎え、「食と健康」についてデータに基づいた情報を発信します。第7回目は、第1回目で取り上げた発酵食品の第二弾として、『納豆』について掘り下げていきます。
2021年3月
健康医療ジャーナリスト 西沢邦浩
このコラムの第1回目「免疫を高める発酵食の力」で、納豆にはまだ、免疫力を高めて感染症を防ぐことを証明した、確かなヒト試験は見当たらないと書きました。
しかし、納豆が持つ総合力と、価格も含めた身近さから考えると、日本人の健康への寄与において大きな役割を担っている食品といっていいでしょう。
血圧や血糖値の上昇を抑える
そもそも納豆は皮付きのまま大豆を発酵させるので、大豆のいいところがすべて入っています。そのうえ、発酵で増える成分がいろいろ。
かねてより血液サラサラ成分として認知度が高い「ナットウキナーゼ」は、血圧を下げる機能性表示食品の成分として受理されています。血圧が下がるのは、血液サラサラ成分として有名なナットウキナーゼによる血流改善作用によるもの。さらに、心血管を保護する可能性がある成分としての評価も進んでいます。
また、納豆の粘り成分は「α-ポリグルタミン酸(PGA)」といいますが、これを多く含む納豆で食後血糖値を抑制する機能を検証中のメーカーもあるようです。
実は、通常の納豆でも血糖値上昇抑制に役立ちます。軽く一膳の白米ごはん(130g)を食べたときの血糖値上昇を100とすると、納豆と一緒に食べることで68まで下がるというデータも(下表)。表のGIとは「グライセミック・インデックス」の略号で、ある食品や食事を摂取した後の血糖値の上がりやすさを示す指標です。他の食品と白米の組み合わせと比べても、納豆はかなり効果的。これにはPGAだけではなく食物繊維なども働いていると思われます。
白米と組み合わせたときの血糖値上昇度合
皮ごと大豆を発酵させる納豆は、100gに6.7gの食物繊維を含み(日本食品標準成分表2020年版)、水分が飛んでいる切り干し大根、キクラゲといった乾物類を除くと、そのまま食べられる食品の中では食物繊維が多い食品の一つでもあるのです。さらに、女性ホルモンのように働く大豆イソフラボンや胎児の健やかな発育に欠かせない葉酸も多く、納豆は老若男女を問わず役に立つ発酵食品といえます。
納豆を食べるほど死亡リスクが下がる?!
大豆発酵食品の摂取量が多い日本人ほど総死亡リスクが低い――。男女性計約9万3000人の日本人を15年間追跡した結果を、2020年に国立がん研究センターが発表しました。
詳しくは研究報告のページ(https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/8438.html)をご覧いただくとして、その中にある、「循環器疾患の死亡リスクは男女ともに納豆摂取量が多いほど低下する」という図(下図)を一緒に見てみましょう。
この図ではそれぞれの食品ごとに横棒が記され、それが縦に引かれた線に対して左寄りであったり、右寄りであったりしています。この図は、①横棒の中にある点が縦線より左側にあるほどリスク低下傾向にある、②横棒全体が縦線にかからず左側ゾーンにある場合、リスク低下が確実、ということを示します。①②の条件に当てはまるのが青色の棒ですが、個別大豆食品のなかでも「循環器疾患死亡と納豆」だけであることがおわかりになるかと思います。
納豆は多くの人にとって、血管の健康維持に役立つ食品だということです。
大豆食品摂取量とがん死亡、循環器疾患死亡との関連
同じ国立がん研究センターからは、男女合わせて4万人を超える人たちで大豆製品の摂取と認知症リスクの関係を調べたところ、女性(特に60歳以下)で納豆の摂取量が増えるほど認知症のリスクが低下していたという研究も発表されています(2022年に『European Jounal of Nutrition』に掲載)。
このような納豆パワーを支える成分として、今回は特に、世界が注目する2つの成分に触れたいと思います。その一つが、骨や血管を守る働きを持つビタミンK。もう一つが健康寿命を延ばす機能が期待されるスペルミジンです。
どちらも、大豆が納豆に変身する発酵過程で増えるのが特徴で、そのうえ納豆はそれぞれの成分を世界で最も多く含む食品の代表でもあるのです。
骨と血管を守るビタミンK2
まずビタミンKですが、日本で知られているのはフレイル予防、つまり骨の健康を守る作用ではないでしょうか。大腿骨近位部骨折は高齢者で起こると寝たきりにもつながりかねない危険な骨折ですが、日本の12地域の調査でビタミンKの摂取量が多いほどそのリスクが低いという結果が出ています。
閉経後の女性約1万8000人を15年間追跡した調査では、納豆摂取量が増えるにしたがって、骨粗鬆性による骨折リスクが減ることが明らかになりました。ビタミンKには緑色の野菜に多いK1(フィロキノン)と発酵食品に多いK2(メナキノン)がありますが、納豆に多く、今、特に世界で話題になっているのが生理活性の高いK2。動脈硬化の一因である血管石灰化や2型糖尿病、前立腺がんなどのリスクを下げるといった研究報告が相次いでいるのです。
そして2020年には、新型コロナ感染症にかかった135人と健常者184人を比較したところ、感染者でビタミンK2の血中濃度が低く、重症度が高い人ではさらに低い傾向にあったというオランダの研究が発表され、注目度が上がりました。
今のところ、これはK2が持つ肺損傷・血栓形成を防ぐ作用によるものではないかと考えられています。
血管や肺を守る働きを得るためにどのくらいの量のK2をとるべきかはまだ何ともいえませんが、日本骨粗鬆症学会は骨の健康維持のために1日250~300㎍のビタミンK摂取を薦めています。
納豆なら1パック(50g)で300㎍、ひきわり納豆では465㎍もとれるので十分な量がとれます(日本食品標準成分表2020年版)。なぜ、ひきわりのほうが多いのでしょう?ひきわりは大豆を砕いてから発酵させます。K2は発酵によって増える成分なので、くだくことで“発酵総面積”が広くなったひきわりのほうが増えるというわけです。
西欧の日常食でビタミンK2が多くとれる食品の筆頭として挙げられるのがカマンベールチーズで100g中70μg程度。納豆に文字通り桁違いの量が含まれることがわかるかと思います。
健康長寿への寄与が期待されるスペルミジン
細胞の若さを維持するための再生システム「オートファジー」を促す、スペルミジンという有機化合物があります。すべての生物の体内で作られますが、残念なことに老化とともに生成量は減っていきます。
今、この物質を補給することが、心血管疾患やがんによる死亡リスクを低下させて、健康寿命の延伸に役立つ可能性があるとして、老化制御研究者の熱い視線を浴びています。食品の発酵プロセスで作られ、多くとっても副作用がないというのも理由の一つ。
2014年に米国国立老化研究所(NIA)が「寿命延伸に役立つと考えられる七つの方法の一つ」としてスペルミジンを評価、その後も多くの研究が発表されています。
そして、こうした研究でほぼ必ず、スペルミジンを多く含む食品の代表として引き合いに出されるのが納豆。
東京都健康安全研究センターによる分析でも、赤ワインで0.16、白味噌で14.4、濃い口しょうゆで12.1なのに対し、通常の納豆で平均56.1、ひきわり納豆では75.2(単位は㎍/g)と、飛び抜けた量のスペルミジンが検出されています。
2018年に著名な学術誌『Science』(下記)に、スペルミジンが健康寿命の維持に役立つ仕組みからこれまでの研究までをまとめた論文が載りました。この中でも、スペルミジンの減少を補える食品として納豆が挙げられ、1日50~100g(1~2パック)の納豆をとった人で、血中のスペルミジン濃度が大幅に増加した、と記されています。
『Science』に掲載された論文
このように、私たちのごく身近にある納豆は、実は世界が憧れる発酵食品だったのです!
価格も手ごろで毎日でも食べることができるという、日本の恵まれた環境に感謝したくなりますね。
最後に一つ注意を。血液を固まりにくくするワルファリンという薬をのんでいる方は、薬の効果が弱まる可能性があるので控えましょう。
2023年2月筆者により一部修正。
西沢邦浩(にしざわ・くにひろ)
日経BP 総合研究所メディカル・ヘルスラボ客員研究員、サルタ・プレス代表取締役
小学館を経て、91年日経BP社入社。開発部次長として新媒体などの事業開発に携わった後、98年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。05年1月より同誌編集長。08年3月に「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、10年まで同誌編集長を務める。18年3月まで、同社マーケティング戦略研究所主席研究員。同志社大学生命医科学部委嘱講師。
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