トマト、乳製品、牡蠣…… 意外な食品が酷暑でたまった疲れにいい理由

『日経ヘルス』『日経ヘルスプルミエ』の元編集長で、現在も食品関係を中心に多方面で活躍される、健康医療ジャーナリストの西沢邦浩さんを迎え、「食と健康」についてデータに基づいた情報を発信します。9月のテーマは「夏の疲れを乗り超える」。食事を工夫して酷暑で疲れた身体を労りましょう。

2023年9月

健康医療ジャーナリスト 西沢 邦浩

猛暑で自律神経もお疲れモード

この夏は猛暑に加え、度重なる風雨もありましたので、心身共に疲れがたまっているという方が多いかもしれません。季節の変わり目の“抜けない疲労”は、肉体的なものだけでなく自律神経の乱れが原因の場合も考えられます。

自律神経が乱れると、睡眠の質が悪くなったり、血圧や血糖値が上がりやすくなったりということも。さらに免疫バランスにも影響が及びますので、この先にやってくる来る冬の感染症シーズンに備え、体調を立て直しておく必要があります。

近年、こうした自律神経の乱れを調整し、疲労の軽減やストレス緩和、睡眠の改善などを助ける機能性表示食品が多数販売され、市場も拡大しています。こんな不調に思い当たる方が増えているのでしょう。

代表的な機能性成分が、食品にも広く含まれるGABA(γ-アミノ酪酸)。私たちの体内でも作られており、交感神経を鎮め、血管を収縮させるノルアドレナリンの分泌を抑える神経伝達物質。いわばリラックス成分ですね。

機能性表示食品では28㎎以上GABAが摂取できる商品で「精神的ストレスや疲労感を緩和する」という機能性が届出されています。

農研機構が公開している「機能性成分含有量データ」(https://www.naro.go.jp/laboratory/nfri/contens/ffdb/ffdb.html)」でGABA含有量が多い食品をチェックすると、100中に95㎎含むトマト缶詰(ホール)、57㎎のトマト(桃太郎)、68㎎のジャガイモ(橙黄色)、45~56㎎含む西洋カボチャなどがあります。

他に機能性表示食品としても売られている生鮮食品では、パプリカ(120g)、エノキ57g(約1/4袋)、マスクメロン(50~100g)などで28㎎のGABAがとれるものがあるようです。

日々の献立に使いやすい食材が多いのがうれしいですね。

GABA以外にも、大ヒット商品になった『Yakult(ヤクルト)1000/Y1000』はじめ、いくつかの乳酸菌入り商品や鶏の胸肉、マグロ・カツオといった魚に多いアミノ酸・イミダゾ―ルジペプチドなどでもストレスや疲労を緩和する機能性表示が届出されているので、こうした便利な商品を見つけたら利用してみるのもいいかと思います。

夏の終わりのケア、第一選択肢は乳製品

さて、疲れが残りがちな夏の終わりのトータルケアにおすすめしたい食品があります。

それは乳製品です、と言ったら驚かれますか?

「乳」と私たちは、人類が牧畜を始めたころからの付き合い。やはり長い間とり続けてきた食品には、パートナーに選ばれた理由があります。

まずは、牛乳から見ていきましょう。

食欲が減退すると摂取量が低下しがちなたんぱく質の消化率は98.8%(牛肉97.1%、鶏卵97.1%)と高く、カルシウムの吸収率も牛乳では40%(小魚33%、野菜19%)に達します。胃腸が弱っているときにありがたい食品ですね。

さらに、熱中症に近い状態になった後や運動後にも、いわゆるスポーツドリンクや水より牛乳のほうが回復(体液が正常なバランスに戻ること)が早いという研究もあります(British Journal of Nutrition 誌の2016年8月1日Online版に掲載)。9月はまだまだ暑い日も多いので、喉を潤すのに牛乳はGood。

皆さんは、ご自分の握力を把握されてますか? 実は握力は、その人の生命力の象徴ともいえる指標。年齢平均より握力が弱い人では、各種疾患リスクが高まります。握力の弱い高齢女性でうつリスクが高まるという研究報告もあります。握力はフレイルチェックの重要な因子なのです。そこで牛乳。30代から60代の男女を追跡したことろ、中年期に牛乳摂取量が多かった人たちでは握力がアップしていたそうです(British Journal of Nutrition 誌の2023 年3月14日号掲載の論文など)。

この背景には、たんぱく質を補給するという面だけでなく、体液バランスの維持などもあるのではないかと推察しています。働き盛りの中年期につきものの疲れの蓄積は、やがて握力低下、フレイルの進行につながっていく危険性がありますが、牛乳を日常的に摂取することで体液が安定し、疲れがたまりにくい心身の維持に役立っているのかもしれません。

「牛乳を飲むとお腹がゴロゴロする」という方もいるでしょう。乳糖不耐症、牛乳が含む乳糖(ラクトース)を分解吸収できない体質です。でも、ゴロゴロするけどお腹はこわさないという方は、牛乳を飲むことが“腸活”につながるかもしれません。

日本人の腸では世界的に見てもビフィズス菌比率が高いというデータがありますが、これには日本人に多い乳糖不耐症が関与しているとする研究もあるのです(PLoS One誌の2018年10月19日号掲載の論文など)。吸収できなかった牛乳の乳糖が大腸に届き、腸内細菌のエサになってビフィズス菌を増やしているというわけです。

となると、牛乳を飲んだあとのゴロゴロは、盛んにビフィズス菌たちが活動している合図なのかもしれません。

また、かつて長崎シーボルト大学のチームが、仮に乳糖不耐症の日本人でも、体重50㎏の人で乳糖35.5g分=牛乳びん4本分の牛乳くらいを飲まないと下痢を起こすまではいかないからそんなに気にしなくてもいいとする研究結果を発表しています。

そして、日本酒、味噌、甘酒などを作る麹菌を牛乳を飲んだ後にとったら30分後には乳糖が分解されていたという実験も(Milk Science誌2012年3号に掲載)。実は、麹菌が作る乳糖分解酵素(ラクターゼ)が乳糖不耐症の人用の薬として発売されていたこともあるのです。

小学校時代、和食メニュー中心の給食に、味の相性がよくないぬるい牛乳がついてくると「やれやれ」という感じでしたが、案外、いい組み合わせだったのかも(笑)。 牛乳でお腹がゴロゴロするのがいやという方は、前後に麹菌発酵食品を口にしてみてください。

そうはいっても、そんなに多くない量の牛乳でも下痢を起こしてしまう人や、下痢は起こさないけどお腹がゴロゴロするのは苦手という方もいるでしょう。

そういう方には、同じ乳製品でもヨーグルトをお勧めしたいと思います。

お腹のゴロゴロを抑え、腸から元気になるヨーグルト

複数の研究から、サーモフィルス菌やブルガリクス菌(ブルガリア菌)といった乳酸菌で作られたヨーグルト(発酵乳)では、乳糖の分解・代謝が進んでおり、お腹のゴロゴロも起きにくいことがわかっています(Nutrition Reviews誌の2021年4月7日号に掲載)。

何といっても、ヨーグルトの整腸作用は確かですし、冒頭でも触れたように、腸から作用してストレスや疲労感を改善するという機能性表示食品の乳酸菌サプリや乳製品も各種出ています。機能性表示食品にはなっていませんが、ブルガリア菌の一種R-1乳酸菌では、夏バテを感じる人たちが R-1菌入りの飲料(100㎖)を1日1本づつ12 週間摂取したところ、「全身倦怠感」「だるさ」「疲労感」「心理的ストレス」という夏バテ症状が有意に改善したという研究が発表されています(Nutrients誌の2018年7月21日Online版に掲載)。

1週間くらいとってみてお腹の調子がよくなったり、心身が軽くなる感じがするヨーグルトがあったら、しばらく続けてみてはいかがでしょうか?

腸は自律神経と密接な関係を持つ臓器です。強いストレスがかかるとすぐお腹をこわすという方もいるかもしれません(実は私も)。腸には副交感神経の束が隣接しているため、腸の健康状態が自律神経につぶさに伝わり、ひいては疲労感といったメンタル面にまで影響を与えるのです。

ですので、自律神経の乱れによる疲れが加わる夏の終わりの心身ケアに、腸からアプローチする乳製品が役立つ可能性があるわけです。

さらに、乳製品をとり続けることで得られる効果として、高血糖、高血圧、肥満といったメタボリスクが低下し、心血管が健康になるというデータがたくさん発表されています(Diabetes Research&Care誌の2020年5月18日Online版、British Journal of Nutrition 誌の2018年6月6日Online版などに掲載の論文より)。いろいろな生活習慣病のリスク低下が期待できるようです。

だいたい牛乳なら1日200g、ヨーグルトでは100~150gくらいの量でこうした働きが確認されていますので、無理なく続けられます。

牡蠣、ホタテ、イカで疲労回復&若返り

最後に今、世界的に話題になっている疲労回復成分についてちょっと触れておきます。

皆さんはタウリンというアミノ酸(含硫アミノ酸)には、どんなイメージをお持ちですか。

そう、広島県が日本一の生産量を誇る牡蠣に多い成分ですね。一方で、タウリンは疲労回復・滋養強壮用薬用ドリンク(指定医薬部外品)の有効成分になっており、1本で1000㎎~3000㎎とれる商品が発売されています。

このタウリンに関する論文が、今年6月に世界的科学誌『Science』(6月9日号)に発表されて世界中に衝撃が走りました。

その論文のタイトルは「Taurine deficiency as a driver of aging」(タウリン欠乏が老化を促進する)。タウリンは、単なる疲労回復成分ではなく、細胞の老化を抑え、筋力や認知機能、免疫能などの若さを維持する働きがあることがわかったというのです。

タウリンを毎日とれば、疲れがとれるだけではなく、心身が若返るかもしれないというわけ。中年期のマウスに毎日タウリンをとらせたら、老化が抑制され、寿命が10~12%、人間では7~8年分相当伸びたそうです。有効量は体重80㎏の人で1日3000㎎以上くらいになるのではとされていますが、実際の試験はこれから。

しかし、60歳以上のヨーロッパ人約1万2000人の分析でも、血中タウリン濃度は加齢とともに低下し、濃度が低い高齢者で肥満や糖尿病リスクが高い傾向があることが確認されています。

とりあえず、疲労解消+αの期待も込めてタウリンをとってみるのもいいかもしれません。

タウリンを配合した飲料などは医薬品になりますが、魚介類に含まれるので食事を通してとることができるのがいいところです。

いくつかの論文等からピックアップすると、牡蠣で770~1180㎎(100g中以下同)、ホタテ769~900㎎、アサリ211~750㎎、タコ182~520㎎、イカ160~1232㎎などの魚介類に多く含まれます。牡蠣は安定してタウリンがとれそうですね。

全身に酸素を届ける鉄、免疫維持に欠かせない亜鉛も多いスーパー食材、広島産の牡蠣を今日も食卓に。

「その前に、夏バテで食欲すらなくて・・・・」。

もしそんな方がいらしたら、先月のコラムで取り上げた甘酒や今年1月の回でお勧めしたお粥から始めてみてください。

タウリンが多い牡蠣またはホタテと、GABAを多く含むジャガイモやトマトを具材にしたお粥、もしくはヨーロッパ風にミルク粥なんてのもいいかもしれませんね。

西沢邦浩

日経BP 総合研究所メディカル・ヘルスラボ客員研究員、サルタ・プレス代表取締役
小学館を経て、91年日経BP社入社。開発部次長として新媒体などの事業開発に携わった後、98年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。05年1月より同誌編集長。08年3月に「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、10年まで同誌編集長を務める。18年3月まで、同社マーケティング戦略研究所主席研究員。同志社大学生命医科学部委嘱講師。