からだも人生もスパイスの心地よい刺激を求めている

『日経ヘルス』『日経ヘルスプルミエ』の元編集長で、現在も食品関係を中心に多方面で活躍される、健康医療ジャーナリストの西沢邦浩さんを迎え、「食と健康」についてデータに基づいた情報を発信します。今回のテーマは「スパイス」。変化の多い4月は、スパイスの心地よい刺激で心も体もリフレッシュしながら元気に過ごしましょう。

2023年4月

健康医療ジャーナリスト 西沢 邦浩

一度食べたらクセになる「コショーそば」の秘密

ビジネス街・品川に今も残る昔ながらのごちゃごちゃした飲食街の中に、「コショーそば」という名前のラーメンを出す古~い中華料理店がありました。老夫婦がお二人で営む、カウンターだけの小さなお店。

しかし、狭い路地にあるこの店はいつも「コショーそば」を求める人で行列が絶えず、20~30分くらいの待ちはしばしば。どんなラーメンかというと、店主がとろみのあるタンメンを仕上げるやいなや、シェーカーのようにコショウ缶を掲げて待っている奥さまが、その表面が真っ黒になるほど大量のコショウをふりかけて完成という一品。

口の中がカーッとなるほど辛いかというとそんなことはないのです。タンメンのうまみをコショウの香りに乗せて鼻へ、喉へと運ぶ絶妙なハーモニー。一度でクセになり、品川駅で降りるたびについ足が向かったものでした。

「ぴったりその料理と波長が合ったときに、忘れ難いほどの印象を残すスパイスの神秘が、多くの人の脳を惑わしてきたのもさもありなん。コショウは古代ローマでは財宝並みの扱いだったというし、大航海時代の16~17世紀にはアジアを舞台に激しいスパイス争奪戦争まで繰り広げられたことから考えても、スパイスはヒトの味覚や食欲の根っこのような場所が必要な食因子なんだろう」。と、ラーメンをふうふう食べながら、埒もないことを思いめぐらしていました。

ちなみに、私たちが辛さと熱さを感じるセンサーは同じだということがわかっています(TRPV1という名前の受容体)。辛さには同時にハートに火をつける働きもあるのかもしれません。

さて、残念ながら、老店主が亡くなられ、この店は7年ほど前に閉店してしまいました。その後、自分であの味が再現できないかと何度かやってみたのですが、下手をするとただコショウが辛いだけのラーメンになったりしてなかなかうまくいきませんでした。

「スパイスとはさみは使いよう」ですね。

日本人が使う6大スパイスとは

スパイス(香辛料)の種類は多岐にわたりますが、「料理や飲料に適宜ふりかけたり加えたりするだけで、個性豊かな風味やアクセントが加わり、少量でも健康を増進する作用が強いスーパー食材」といえるでしょうか。

日本家庭の食卓に最初に入った単独スパイスは冒頭で触れたコショウだったようです。1950年代頃のことで、その後、唐辛子はじめ卓上スパイスの種類も広がり、1980年代後半にはエスニックブームが起こったり、何回か激辛ブームが訪れたりして、スパイス文化は私たちの食生活の隅々にまで浸透しました。

財務省による2021年の香辛料通関統計では、輸入量の圧倒的1位がジンジャーで、2位に唐辛子、3位にコショウが続いています。

一方、なんといっても日本人にとってスパイスを使ったメニューの代表と言えば、国民食ともいわれるカレーですよね。

日本で家庭用カレー粉の販売製造開始からちょうど100年。エスビー食品の創業者・山崎峯次郎さんが、関東大震災が起きた1923年(大正12年)に作ったのが始まりとのこと。

スパイスカレーの人気が高まり、カレーに使われるスパイスの種類も多彩になりましたが、カレーの3大スパイスといえば、黄色が鮮やかなターメリック、カレーの香りの中心クミン、甘く爽やかな香りのするコリアンダー(シード)。

自分でスパイスを購入するときに訪れる東京アメ横にあるスパイス専門店・大津屋さんでも、「3大売れ筋スパイスは、ターメリック、クミン、コリアンダーで、どれも年にトン単位で売れる」そうです。

このカレーの3大スパイスは通関統計で3位のコショウに続き、輸入量の4位から6位までを占めています。

私はとにかく辛いもの好きなので、コショウと唐辛子、花椒、山椒(これにワサビとカラシが加わります)を必携とし、日々かなり多めに使います。

ミックススパイスではインドのガラムマサラも重宝しますが、このところ使用頻度が上がっているのが中国の五香粉(ウーシャンフェン)。魯肉飯(ルーローハン)や鶏のから揚げなどに使えば、クローブや八角のエキゾチックな香りで、一瞬にしてわが家の食卓が台湾かはたまた中国の街角に早変わり。ビールや紹興酒が進みます。

まずはこれらの6種類の人気スパイスや便利なミックススパイスを基本に、食生活に風味とパンチを利かせて楽しまれてはいかがでしょう。

では次にスパイスの健康パワーを見ていきましょう。

スパイスの健康パワーの源は抗酸化力にあり

スパイスは、食品の中でも飛び抜けて抗酸化力が高いのが特徴。

大気汚染物質、タバコの煙、紫外線、過度の運動や精神的ストレスといった刺激にさらされると、私たちの体内で活性酸素という“さび”が大量に発生し、シワやシミをはじめとする老化現象や生活習慣病を進める原因になります。

食品に含まれるポリフェノール、芳香成分、ビタミンなどにはこの活性酸素を取り除く抗酸化力がありますが、なかでも、抗酸化成分が多い種子や果実、葉や茎・根などの水分を飛ばして乾燥させたのがスパイス。抗酸化力が小さな粒に凝縮されているのです。

かつて米国農務省が公開していたORACという指標で評価した食品の抗酸化力ランキングの上位は、1位から順にクローブ、シナモン、オレガノ、ターメリックとスパイスが独占していました。

もっともこれは100gあたりで評価した抗酸化力。乾燥したスパイスの場合1回あたりの使用量は少量なので、生の食品のように100g単位で食べるというわけにはいきません。しかし、いかに健康パワーが濃縮された食品かということはおわかりいただけるかと思います。少量でも野菜や果物1食分に相当するほどの抗酸化パワーが得られることもあるのです。

ではこの抗酸化パワーはどんな効能をもたらしてくれるのでしょうか?

注目の研究をいくつかご紹介します。

●ホットスパイス好きの人は塩分摂取量が少なめで、血圧も低い

606人の男女のデータを分析したところ、辛いものが好きな人たちは好きでない人たちに比べて1日当たりの食塩摂取量が約2.5g少なく、収縮期血圧が8mmHg、拡張期血圧が5mmHg低かった。606人が参加した研究。唐辛子のカプサイシンが塩分に敏感な脳状態をもたらしている可能性(Hypertension誌2017年10月31日発行号に掲載)。

スパイスが減塩に役立つという研究はほかにもあります。日本人はまだまだ食塩摂取量が多めなのでうまく利用したいところです。

スパイスを入れた食事にしたら心血管疾患病のリスクを高める炎症マーカーが低下

肥満の男性12人が1日に6 gのスパイスブレンド(バジル、ベイリーフ、ブラックペッパー、シナモン、コリアンダー、クミン、ジンジャー、オレガノ、パセリ、レッドペッパー、ローズマリー、タイム、ターメリックのブレンド)を使った高脂肪高炭水化物の食事をしたら、スパイスなしの場合と比べて、食後の炎症物質(IL-1β、IL-6、IL-8)分泌量が大幅に減少(The Journal of Nutrition誌2020年6月号に掲載)。

1日小さじ1杯のスパイスで、有用菌が増えて腸内細菌叢が改善

肥満の女性57人が、小さじ1杯分のスパイス(シナモン、ジンジャー、クミン、ターメリック、ローズマリー、オレガノ、バジル、タイムなどのブレンド)を食事に加えて4週間過ごしたら、腸内細菌叢の多様性が増加。特に酪酸など健康に役立つ物質・短鎖脂肪酸を作るルミノコッカス科の細菌が増えた(The Journal of Nutrition誌2022年11月号に掲載)。

スパイスを使う生活をすることで、健康維持に役立つ様々な変化が身体に起こるようですね。

こうした恩恵が集積するためでしょうか、スパイスをよく食べる人たちで死亡リスクが低下するという大規模な研究の結果も出ています。

辛いスパイスを使った食事をする頻度が高い人は死亡リスクが低い

中国約49万人分のデータを分析したところ、スパイシーフードを週に1回未満しか食べない人たちに比べ、週に6、7日食べる人たちの総死亡リスクは14%低かった。がん、虚血性心疾患、呼吸器疾患による死亡リスクについても同様の傾向が見られた。中国の研究のため、スパイスは唐辛子が主体(BMJ誌2015年8月4日号に掲載)。

似たような結果が、何カ国かの人たちを対象にした研究でも出ています。

唐辛子をよく食べる人は死亡リスクが低い

米国、イタリア、中国、イランの計約57万人のデータを解析したところ、唐辛子(チリペッパー)をよく食べる人は、ほとんどもしくはまったく食べない人に比べ、心血管病による死亡リスクが26%、がんによる死亡リスクが23%、総死亡リスクが25%低くなっていた(2020年の米国心臓協会科学会議で発表)。

良さそうだからといって、好きでもないのに辛いものを無理して食べる必要はありません。

自分の嗜好に合うスパイスを選んで使いましょう。辛くなくとも抗酸化力が高いのがスパイスのすごいところです。

実際、日本人に愛される(辛すぎない)普通のカレーで、脳血流がアップするという実験結果が出て話題になったことがあります。

丁宗鐵(てい むねてつ)日本薬科大学元学長らが行ったもので、カレーを食べた後1時間以上、脳血流が約2~4%増加した状態が続きました。丁元学長にこの結果について取材した折、「特に朝カレーを食べるのがいい。交感神経のスイッチも入りやすくなり、活動性が上がる」と勧めていました。

また、カレーのにおいがわかるかどうかが認知機能低下の指標になるかもという指摘も(『日経Gooday』掲載の記事参照。https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/23/031300013/031300001/?waad=abLZtgAl)

今回は個別のスパイスにまで踏み込めませんでしたが、たとえばカレーに欠かせないターメリックの機能性成分クルクミンでは脳の保護作用はじめ、いくつもの機能について検証が進められています。

カレー1品でも、得られるものは多そうです。

もうすぐ暑さが増してきます。疲れも溜まりやすい季節。

好ましいと感じるスパイスをキッチンに置き、その香りと辛さで心身に心地いい刺激を与えて元気な日々を。

 英語のことわざにも言います。

 “Variety is the spice of Life.”

 人生には変化というスパイスが必要だ!

西沢邦浩

日経BP 総合研究所メディカル・ヘルスラボ客員研究員、サルタ・プレス代表取締役
小学館を経て、91年日経BP社入社。開発部次長として新媒体などの事業開発に携わった後、98年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。05年1月より同誌編集長。08年3月に「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、10年まで同誌編集長を務める。18年3月まで、同社マーケティング戦略研究所主席研究員。同志社大学生命医科学部委嘱講師。